SEXY PANIC:08
「ぷはーっ!仕事の後のビールはいいよねー!」
私がまだ仕事をしているのもお構いなしに、上司はソファで缶ビールを開けて暢気にくつろいでいた。
なんてKYな男なの。
それなりの給料を貰っている身とは言え、これが水を差さずにいられようか。
「別にあなた、何もしてないじゃない」
「したよ?お昼ごはんに2食分の冷凍ピラフ、チンしてあげたじゃない。あとコンビニに雑誌買いに行ったり、こっそり波江さんのブラのサイズを見たりしてたんだ。とても有意義な時間だったよ」
「殴るわよ?」
「うわあ待って待って!もう絆創膏無くなっちゃったしさあ!」
「……」
顔や身体数箇所に絆創膏を貼り付けた臨也は、確かに少し痛々しかった。まるで暴力亭主に虐げられる妻のようだ。
私は流石に少し反省しようと思い、話を変えてみることにする。
「…そう言えばあなた、さっきは紀田君にちょっかいかけてたわね。何がしたかったの?」
「ああアレはね、育ち盛りの少年を波江さんのエロエロボディで誑かせないか実験してたのさ!キミのヒステリーの所為で失敗に終わっちゃったけど」
「うーん、やっぱ殴っていい?…って今日この台詞何回目かしらね?」
「153回目だよ。凄いなあ!初代ポケモンの数より多いよね、流石波江さんだ!」
臨也の無駄口は相変わらず減る気配を見せない。
しかも要所要所で波江の身体を悪用している分、日頃の3倍腹が立つ。
私は処理し終えた書類を束ね、封のしてある郵便物をまとめてブリーフケースに入れた。それを小脇に抱えて席を立つ。
「じゃあ今日はこれで失礼するわ」
「え、何で?」
途端、不思議そうな表情をする臨也。
「何で…って、もう夜よ?普通に終業の時間じゃないの」
とうに7時を過ぎた時計をしゃくるが、彼は何故か私の腕をぎゅっと掴んでそれきり離してくれない。
いつも以上の強引さに、ひょっとしなくても何か企んでいるのかと勘ぐってしまう。
「そんなこと言わずに泊まっていきなよ?どうせ服とかも全部こっちにあるんだからさあ」
「じゃあ逆にあなたがホテルに帰る?」
「つれないこと言わないでよ。何なら晩酌だけでもしていって?」
ね?と可愛コぶった上目遣いでお願いされ、ぞわりと肌があわ立った。中身は別人とは言え、仮にも自分自身のそんな表情を見るのは気分のいいものじゃない。
「そんなこと言って…、さてはへべれけにして帰さないつもりね?」
「えー、だって淋しいんだもん」
「否定くらいしてよ」
「あ、そうだ。波江さんが遊んでくれないんなら、歌舞伎町のクラブとか行ってみよっかなー。上手くいけばアフターに持ち込めたりしてさ…」
「な――ッ、それはやめなさい!私の身体なのよ、分かってる!?」
キっと上司を睨む。自分でも驚くほど切羽詰った声が出た。おかしい、今までは誠二さえ幸せならあとはどうでも良かったはずなのに、何を今更――
しかし臨也の表情を見て、そんな些末な疑問などどうでも良くなってしまった。
既に自分は彼の掌中で踊らされている、そう気付いたからである。
「そうだよねえ、波江さん…処女だもんね?」
上司は私を横目に見ながらニタリと陰湿な笑みを浮かべる。かつて自分が首を持って彼の元へ駆け込んだときのような、悪意に満ちたそれを。
「変なイタズラされたら困っちゃうよねぇ?」
――成程。逆らうすべはないということか。
「……ッ最低。この下衆」
言い返す言葉すら見つけられずに衝動的に罵れば、ただ耳障りな哄笑だけが響く。
「アッアハッ、アハハハハハ!最低って、何?そんなの今更でしょ!?あ、もしそうなったら波江さん俺に仕返しとかしちゃう?言っとくけど俺は別に怖くなんかないよ?どこぞのゲイに食われようが、入れ替わった身体が元に戻らない限り痛くも痒くもない!ま、波江さんがそこまでやるとは思えないけどね!」
私は冷めた絶望的な目で上司を見つめた。
――ああ、そうだ。知っていた。
折原臨也とはそういう男。自分が愉しむためになら、どんな犠牲も厭わないのだと。
20100821
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