冬の日



※学パロ


 窓の外では雪がちらついていた。担任が点呼を取る声が聞こえる。眠い。
「青井ー」
「はい」
「赤砂ー。ん?」
 オイラは疑問調のその声でハッと窓から視線を戻した。
「赤砂は休みか」
 担任はそう言って出席簿にチェックを書き込む。廊下側の前から二番目にはあいつの空っぽの席。
 サソリが学校を休むのは実はそう珍しいことじゃなかった。だるい、とか気乗りしなかった、なんてそれだけの理由で授業をあっさりと放棄するやつだ。寝坊したら遅刻よりは潔く休むほうを選ぶ。大人への受けはよく、学校にいるときはそれなりに優等生に見えるが、猫をかぶるのがうまいヤツなのだ。あいつのそういう一面を知っている人間はそう多くない。
 彼は祖母と二人暮らしなのだが、その祖母が最近入院しているそうで、近くに彼の挙動を叱る人間はいない。
 とは言っても、サソリがもともと成績がいいほうなので、たまに学校を休む程度なら学力面では何の支障もないのだが。
 その日の放課後、オイラは部活を休み、早々に学校を後にした。
 サソリが欠席の連絡をいれなかったようなので、様子を見に行ってみようと思ったのだ。
 オイラは高校の最寄の駅からいつもと違う方向の電車に乗った。サソリの家は同じ市内だが、学校を挟んでオイラの家とは逆方向にある。
 特急のとまらない小さな駅で下車し、駅前の商店街を抜けて団地の密集した地区に向かう。陽のある時間帯でも随分と寒い季節だったが、道路脇の公園の方から子どもがはしゃぐ声が聞こえていた。
 歩いて十分ほどで目的地に着いた。茶色い扉の隣の表札には達筆な字で「紅沙」とある。
 玄関のベルを鳴らすと、部屋の中から少し物音がしてサソリ本人の声が出た。
「はい」
 インターホンのスピーカーを通すと、あいつの憎たらしい声はいくらか幼く聞こえる。
「オイラだよ。プリントとかもってきた」
 するとまたごそごそと物音がして、内側からドアが開き、サソリの赤い頭がのっそりと姿を現した。たった今しがたまで寝ていたのか、髪がぼさぼさでぼんやりした目をしている。
「ああ、ごめん。起こしちゃった?」
 サソリは「YES」とも「NO」ともつかない返事をこくりと一つして、またふらふらした足取りで中に戻っていった。機嫌が悪いというよりは夢遊病者のように見える。
 オイラは慌ててその後を追う。
 サソリは一番手前にある自分の部屋に入っていく。
 薄暗い中で目を凝らすと、部屋の中は随分散らかっていて、気を付けないと物を踏んでしまいそうだった。
 トテ、トテ、トテ。ポスン。
「おい、大丈夫か?」
 オイラは背後から声をかけたが、重みのある音を立てて布団につっぷしたサソリからすぐに返事が寄越されることはなかった。
「え、ちょっと待って。旦那、もしかして本当に風邪!?」
 少し間を置いて返事があった。
「……なに疑ってんだよ」
「だってさ!」
「いーよ。別に。……プリント、どっかそのへん置いといて」
 彼は布団にうずめた顔を上げずに言った。部屋の中はコートを着ているオイラでも肌寒

いのに、彼は気力がないのか掛け布団をかぶろうとする気配すらない。
 仕方ねぇなあ、と呟きながらオイラはサソリのところまで行き、彼の上半身を起こしてやる。背中はじっとり汗をかいて湿っていた。
「んっ……」
 サソリは薄目を開けてオイラを見た。
「ちゃんとあったかくしとかないと、治んないぞ」
 サソリの額は火照っていて、燃えるように熱かった。それでいて熱を測った形跡はない。彼は普段からあまり自分の体調に気を使わないほうなので、ひょっとすると体温計の場所を知らないのかもしれない。
「薬は? 飯は何か食ったか?」
「いや」
「飲み物は?」
 サソリはまたふるふると首を振った。
「じゃあ、ちょっくら出かけて何か買ってくるよ。うん」
 オイラは腰を上げようとした。
 が、引き留められた。見ればサソリが袖を掴んでいる。
「どうしたんだ? うん」
「待て」
「なんだ?」
 サソリは答えるより先に、オイラの身体を無理矢理布団に引き寄せた。オイラはバランスを崩して彼の上に倒れ込んでしまった。
「あ、ちょ」
 彼との距離がゼロになる。ぎゅう、とコートごしの背中に腕の力を感じた。
「どしたの? あんたらしくない」
「別に」 
「……ああ、そう」
 オイラは抱きしめられたままの恰好で、サソリの首筋に鼻先を寄せる。息を吸い込むと、彼の体臭に汗のまじった濃い匂いがして、少し興奮した。
「寂しいの?」
「違う」
 ふるふると首をふる気配がした。やわらかい毛先がこすれて顔がくすぐったい。
「嘘つけ。あたってる」
 指摘すると、サソリは自らもぞりと動いてオイラを解放した。
 自由になったオイラは手を伸ばし、サソリの熱い頬を両手でそっと包み込んだ。彼は「ひゃっ」と素っ頓狂な声を発して首をすくめようとした。オイラはそれを制し、こつんと彼の額に自分の額をくっつける。サソリの熱っぽい目がこちらを見上げた。
「大丈夫。すぐ帰ってくるから、待ってて」
 彼はこくりと頷き、
「……アイス」
「はいはい。アイスね。承知しやした」
 病人をきっちり布団に寝かせ、オイラは今度こそ腰を上げた。部屋を出る直前にもう一度旦那のほうを振り返ったとき、彼はまだこちらを見ていた。
 オイラは声に出さずに「すきだよ」と呟いた。




20150116

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