ミドルエイジの中二病
サソリの旦那が病気になった。
具体的に何の影響を受けたのかは知らない。ただ、湿気のまとわりつくこの季節、連日雨ばかりで外出ままならない日が続く中、彼が休日のたびに部屋に持ち込んだ大量のDVDを彼がせっせと消化していたのは知ってる。壁の向こうからテレビの音が漏れまくりだったからわかる。隣に住むオイラにとっては大迷惑だ。
予定していた任務が中止になった先週なんてもう、徹底的に引きこもっていた。一般的なひきこもりなら風呂やトイレのために時々は自室を出るものだが、旦那にはそれすらも必要ないから、本当に丸一日中ドアの開閉音が聞こえなかった日もある。ちなみにそれを確認できたオイラも人のことは言えないかもしれない。撮りためたサッカーの試合を見るのに忙しかったのだ。
そして晴れの日が戻ってきた今週に入って、気付いてみたら旦那がおかしくなっていた。
「さてつかーいーほーう!」
実験に使う薬品を借りたくて部屋に入ったら、カメハメハのポーズで固まっている旦那に出くわしてしまった。オイラはどう声をかけていいのか測り兼ね、結局こう言った。
「なんだそれ」
旦那は髪をかき上げながらふっと口元を歪めた。
「技名を考えていたんだ」
「どうしていきなり。前は技名なんてつけてなかったじゃないか。かっこよくキメてる暇があったらさっさと敵を倒せって、オイラに怒ってたのにさ」
オイラだって、当初はC3とかC4とかじゃなくもっと複雑な技名を考えていたのだが、旦那に鬱陶しいと一蹴されたのだ。
「そんなことを言った記憶はないな。きっとお前はそのとき向こう側の俺と会話していたんだ」
「向こう側ってどこだよ!?」
「ふっ、聞きたいのか?」
「やっぱ聞きたくない」
「じゃあ帰れ」
「いやだ。漢方薬貸して」
もとはと言えばその目的で来たのだ。
手を出すオイラを見やり、旦那は「はぁ」と小さく溜息をついた。
「どれだよ」
「ほら、あの緑の瓶の。このあいだ見せてくれた新作で使ってた、あれ火薬に混ぜたいんだけど」
「ほほう、肉体の自由を剥奪せしエリクサーを渇望しているというわけか」
「えっ今、何て?」
「……しびれ薬が欲しいんだな」
旦那はあきらかにちょっとがっかりした口ぶりで言い直した。
「あ、うん、そうそう」
オイラは旦那が梯子を上って薬棚の高いところから緑のビンを取り出すのを待つ間、手持無沙汰で室内の様子を見回した。
部屋は空調がよく聞いていて涼しかった。昼間だというのに遮光カーテンがぴっちり閉められていて、薄暗い。先月オイラが繋いでやったテレビ、そしてDVDデッキの周囲に、これでもかと言わんばかりにアニメのDVDが散乱している。
「ほら、あったぞ」
「さんきゅー」
オイラは手を伸ばして瓶を受け取りながら礼を言った。ついでに一つ提案してみることにする。
「なあ、たまにはどこか出かけないか? 今日は天気もいいことだしさ、うん」
「うっ……」
彼は左胸を押さえて蹲った。
「今度はどうしたんだ、旦那」
「ダメだ、今聖宮を離れることはできない。生命を灼き尽くす赤い悪魔の気配を感じる」
「なんだよ。外出は暑いからいやだってか」
「な……! べつにそういうことは言ってないぞ」
「ちぇー、せっかくプールでもどうかと思ったのに」
「デイダラ!」
「なに」
「プールには行きたい」
「いいのかい? 外は暑いぞー」
「だ、大丈夫だ。聖女のマイティ・ガードを発動する」
「うん、日焼け止めを塗った方がいいかもな」
オイラが頷くと、またもや旦那はがっかりした表情をした。いや、そんな目をしたって乗るわけにはいかないぞ。
20140628
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