いつまでも、どこまでも



 子どものころは、死なない身体に憧れていた。
 友達をしていた戦争ごっこで負けそうになったとき、「死なないもん。だっておれ不死身だもん」とだだをこねると、「そんなのズルだ」と皆が言ったものだ。俺は決して運動神経が悪いほうではなかったが、集中力がないせいなのか、身体を使う遊びやゲームに興じても負けることが多かった。
 ばあちゃんが死んだときも、俺は思った。不死身だったらよかったのに、と。死体の寝かされた布団の前に正座してお経を聞かされながら、混乱していた。わけがわからなかった。もう長いことばあちゃんの元気がなかったのは知っていたし、大声で俺を叱ることもなくなっていた。徐々に増えていく薬を一緒にかぞえた。けれどそれらの兆候が死に繋がるものであると、子どもだった俺にとっては予想だにしないものだった。

「ばあちゃんはどこへ行ってしまったの」

 俺が不思議でたまらなくなって尋ねると、親父は答えた。

「どこへもいかない」

 ばあちゃんのぱさぱさになった骨をお箸で拾いながら、家族の中で親父だけは酷く無表情だった。伯母も、従兄弟も、仲の悪かったお袋でさえも泣いていたのに。
 人はいつかみんな死ぬ。それは無に還ることなのだ。そう彼は教えてくれた。俺も、お前も。それが人として、生きるものとしての道理なのだと。



 どろどろと中身が流れ出す感覚がする。それはひどく痛みをともなう、けれどよく慣れた感覚だった。
 どさり、とすぐそばで大きなものが倒れる音がした。顔を上げると戦闘相手がくずおれているのが見えた。うめき声とともに乾いた土の上に赤黒い血が吐き出される。
 俺は相手の弱った様子を確かめながら腹に突き刺した杭をひねった。相手が身体を痙攣させる。そのときだった。

「この……化け物、め」

 小さな声だったがはっきりとそう言ったのが聞こえた。俺は、はは、と笑い声を上げた。
 普通じゃない、化け物だと罵られることはこれまでもしょっちゅうあった。別にいい。負け惜しみくらいいくらでも聞いてやる。
 彼らがそう思うことは当然なのだ。腹を突き刺しても死なないイレギュラーが存在していいはずがない。そんなのはズル。道理に反しているのだから。
 勝者となった俺は息絶えた敵を吊るし、血で書きなぐった円陣の中に横たわった。いつもやっている通り。
 傍で時折、相方が紙を捲る音が聞こえている。俺と組むようになってから暇な時間が長くなり、読書がはかどりすぎるのだとよく溢している。
 その日、俺はなんとなく儀式の時間が過ぎてもしばらく同じ体勢でじっとしていた。読書に熱中しているのか、相方は声をかけてこなかった。
 風がさわさわと梢を揺らす音に耳を傾ける。こうしてぼんやりしている時間、俺はふと考えてしまう。この世の道理から外れた自分は一体なんなのだろう。自ら望んでこの道に入ったはずなのに、わからなくなることがあった。
 そして時折孤独になる。俺は不死身の身体を手に入れると同時に失ったのだ。いつか皆と同じところへ行くための切符を。それを思うとたまらなかった。

「なぁ、角都」

 俺が呼ぶと、やや遅れて低く唸る声が返ってくる。きっと今すごくいいところなのだろう。

「お前はさ、考えたことあるか。自分が死ぬときのこと」

 つい先日幹部の一人であるサソリが死んだことを上司から聞かされたばかりだったというのも、俺が感傷的になっている理由の一つだ。
 相方は少し間を置いてから返した。

「ないな」
「じゃあさ、角都」

 俺は梢の間からのぞく空を見つめたまま言った。

「俺たちがいつか、死ぬときはさ」

 不死身の身体を手に入れた自分たちにも、そんな日がきたなら、そのときは、一緒がいい。
 この世に一人しかいない同じ境遇の彼となら、同じ場所に行けるのではないか。一人ぼっちにならなくてもいいのではないか。

「まぁ、そうだな。勝手にすればいい」

 そう答えた相方は多分、俺の話をまともに聞いていないのだろう。
 別にそれでもよかった。俺は空を見つめながらゆっくりと息を吐いた。
 この相方と出逢ってから俺の世界は少し変わった。どこまでも。どこまでも。どこまでも。自分にいつか本当の終わりがくるまで、こいつとなら突っ走っていけそうだった。この世にいいことなんてほんのひと欠片しかないけれど、今、ともするとそれがこの手のひらの中にあるような気がするのだ。




20140420

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