茜色の花弁



※未来パロ。暗め
※カップリングなし


「書類はかけたか」
 受付の強面の男がこちらを見やりながら訊いた。
 デイダラは小さく頷いて紙束を差し出した。必要事項を書き込んだ複写式の用紙が数枚と誓約書。
「不備はないな? 手術のあと指定の口座に一千万振り込まれることになる」
 書式をチェックする男の義眼がぐるりと一回転する。デイダラは居心地の悪さを感じながら頷いた。男は確認を終えると、デイダラをカウンターの奥へ通した。
「それじゃあ、ついてきてくれ。ドクターのところへ案内するからな」
 デイダラは男の背中を追って扉をいくつかくぐり、さらにいくつかの階段を下った。進んでいくうちに、デイダラにはだんだん自分のいる場所がわからなくなった。臓器売買は違法であり、政府の取り締まりが厳しい。施設の構造が複雑に入り組んでいるのは、検閲から逃れるためなのだろう。デイダラはそういった商売を肯定するわけではなかったが、今回ばかりはありがい。今すぐに金が入用なのだ。取り引きを失敗させるわけにはいかない。
 男はデイダラを廊下の突き当たりまで案内し、受付のほうへ引き返していった。デイダラは扉をあけ、中へ入った。
 回転椅子に座っていた白衣の人物が顔を上げ、こちらを振り返った。
「名前はサソリ。ドクターと呼ばれているが、ぶっちゃけ、ヤブだ。お前のカウンセリングを担当する」
 思ったより随分と若い。この国では珍しい、深みのある赤毛がハッと目を引いた。華奢な身体に白衣をひっかけている。
 デイダラがおずおずと頷くと、サソリは椅子にかけるように勧めた。簡単な診察をほどこしながら、手元の書類に目を通した。
「……名前は、デイダラ。十五歳。ソルトクレイ地区十五番街のアパート在住。荷運びとバルの下働きの仕事をかけもちしている。現在は姉と二人暮らし。両親は数年前に失踪した。以前は姉の風俗の仕事で生計を立てていたが、彼女が一年ほど前に病に倒れて以来、治療費の捻出に困っている、と」
「まあそんなとこだ、うん」
「読み書きは習っていたんだな。あの地区では珍しい」
 サソリの言う通りだった。実際、姉はデイダラの学費を払うためにかなり無理をしていたようだ。
 サソリは「読みやすい字だ」と呟きながら片手で書類を捲っていく。
「血液、尿、胸部X線……検査結果はおおむね良好。過去の病歴もなし。いまどき薬物投与も人工臓器もなしとは、驚きだ」
「昔っから、身体の頑丈さだけが取り柄だから」
 デイダラも歴史の授業で知っている、あの産業革命から一千年。科学技術の進歩とともに環境汚染が著しく進み、人類は自然と共生することをやめた。建物は外の空気や有害な紫外線を完全に遮断し、居住区は細菌一つない完璧な空間に保たれた。はじめは何もかもうまくいったように思われた。
 しかし、数世紀が過ぎたころになってその対策は最悪の結果を生んだ。人類の退化。世代を経るに従って本来備わっていた免疫機能が惰弱化し、さまざまな不調を訴える者が出始めた。若年層における死亡率が上昇し、平均寿命は年々下がる一方となる。臓器売買が意味を持ち始めたのも同じころからで、いわば必然の結果だった。
「お前、未成年だな。家族の承諾は」
「……ないよ。だけど、まとまった金が必要なんだ、いますぐに」
「治療費にあてるのか」
 こくり。デイダラが頷くと、サソリは物憂げな表情を浮かべた。
「昔を思い出すな」
「え?」
「うちの婆さんも病気だった。両親は早くに亡くしていたから、たった一人の肉親だ。もう二十年も前のことだ。あのときはちょうどお前くらいの歳で、今のお前と同じ行動をとった。誰にも本当のことを言わずに家を出て、契約書にサインした。でも、どこで聞きつけたんだろうな、婆さんは気付いて追いかけてきた」
 サソリは俯き、小さく溜息をつく。
「驚いたよ。すっかりびびって固まっちまってたガキの自分を揺さぶって、婆さんは言った。死ぬのは怖い。ものすごく怖いことだ。お前を一人にしてしまうのが心配でたまらない。だけど、お前の身体を傷つけることのほうがもっと怖い、どうかやめてくれと、泣いた」
 彼の細い指がゆっくりと一点を差す。提供臓器の欄だった。デイダラが全ての項目にチェックをいれた。
「家族愛ってやつを、否定はしない。けどな、お前は独りよがりだ」
「やめろって、言うのか。じゃああんたは……」
「そのとき運悪く取り調べが入ってな。すでに契約書にはサインしちまってたから、例外なく補導された。悲報を知ったのは、釈放されたあとだった」
「そんな……」
「結局結論は出せないままだった。あのときどうしてればよかったかなんざ、わからないさ。そういう運命だったとしか言いようがない。お前の出した結論が正しいどうか他の誰にも判断しようがないし、他人の口出しなんてうざったいだけだろう。だが、一つだけ意見できるとするなら、冷静になって最善を考えるべきだ。お前が大人の男だったなら、こちらとて何も言わなかった。お前が今捨てようとしているものはあまりに大きい」


 少年が部屋を出て行き姿が見えなくなると、サソリはホッと息をついた。首に下げたチェーンの先をシャツの下から引っ張りだし、ペンダントトップを開く。そこに入れられた写真に写っているのは、赤毛の男の子だ。
 自分の過去と重ねて、つい感情的になりすぎてしまった。私的な感情に左右されるのはカウンセラーとして失格だし、組織にとってもマイナスだ。
 今日のところは時間を与えて帰したが、あの少年は冷静に考えを改めてくれるだろうか。それとも当初の通りに目的を果たすのだろうか。
「ドクター、次の方の検査結果です」
 クリップボードをかかえた事務の女が奥のドアから顔を出した。サソリの顔を見ると「おや」と不思議そうな表情を浮かべる。
「どうしたんですか、しまりのない顔をして。さてはさっきの男の子がタイプだったんですか」
「そんなわけがあるか、ボケ」
 “サソリ”は女を睨み、履いていたパンプスを投げつけた。二度目の生を与えてくれたあの子のことを思い出したからか、調子がおかしかった。



20130501

BACK
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -