消えたラブレター.1



※学パロ



 中庭のすみ、藤棚の近くに、サソリの姿を見つけた。
 彼は文化委員を務めている。今日は放課後、文化祭のための打ち合わせがあるからと、HRのあと教室の前でオイラと別れた。
 部室で下級生に木炭デッサンをさせている間に、オイラは部費の申請書を書いていた。
 部長の言うことはわりと聞くくせに、部員たちはオイラが何度か指示してやっとのろのろと腰を上げるというありさまだ。こっちは苛々しているというのに、それがうまく伝わっていない。彼ら曰く、オイラには強制力がないとのことだった。無遠慮な後輩にため口を聞かれるのは、たいてい部長のサソリではなくオイラだ。頼みごとをされるのも、無駄話を振られるのもオイラ。先日サソリが風邪で欠席していた日に、部屋の前の廊下でだべっていた不良に苦情を言いにいかされた。
 サソリを見かけたのは、用紙をもって職員室に行ってきた帰りのことだ。打ち合わせは案外早めに終わったようだ。中庭に面した廊下の窓から見える彼の赤い髪は、彩度の低い曇天の下でよく目立っていた。
 オイラは少し迷ってから上履きのまま外へ踏み出した。職員室のある棟には面していないから、とがめられることはないだろう。なるべく土の部分を踏まないようにしながら、コンクリート地を選んで歩く。
「……何してんだ?」
 背中に声をかけながら、オイラは顔をしかめた。煙の臭いがする。
「別に」
 サソリは手にしたものをポケットにしまいながら振り返り、ちらりとオイラの目を見た。
「こんなとこでタバコはよくないぞ。うん」
「いや、違ぇよ」
 小さく呟いたサソリの足元には、黒い燃えカスが散っていた。彼が教師に隠れて喫煙しているのは知っていたが、これはタバコの灰ではない。紙の切れ端だ。
「ラブレターだよ」
 説明する彼はなぜか不機嫌だった。
「え、でも、これ……」
 オイラはほとんど散ってしまった灰に目を落とす。これが愛をつづった文面の残骸だというのだろうか。オイラは戸惑っていた。どうして?なぜ?と喉元まで出かかった言葉を飲みこむ。
「三組の文化委員。ミシマってやつ知ってるか」
「ああ。あの、ポニーテールの。オイラ一年のとき同じクラスだったんだ。ブラバンのフルート」
「どうして俺なんかね。俺あいつとほとんどしゃべったことねぇし」
「あ、そうなんだ?」
「俺のことなんて何もしらないくせにさ」
「でも、もったいない。とりあえず付き合ってみればよかったのに」
「いいよ、別に。そういうのもういいんだ」
 サソリは溜息をつきながら言って、オイラを見つめた。オイラのほうがほんの数センチ背が高いから、必然、彼が見上げる格好になる。長い睫毛が目元に薄い影を落としているせいか、彼の表情はどこか物憂げに見えた。
 オイラは言外に含まれた彼の意図をくみ取ったが、素直に喜べなかった。



 サソリはどちらかと言えば内向的な性格だが、整った顔立ちをしているため、異性に人気がある。
 けれど、「いい男と付き合っている」という称号目当てにサソリに声をかける彼女たちを、彼自身は煙たがっていた。派手な見た目に反して、教室で目立たない部類の男子生徒と静かに過ごすことの多いサソリは、根本的に女と付き合うことに向いていない。相手にふりまわされてやろうというおおらかさも、機嫌をとろうという気もない。男が彼女との性交にこぎつけるためにつぎ込む苦労を、彼はほとんどしなかった。
 恋愛はそこまで甘くない。付き合ってもひと月ともたない関係を繰り返す彼を見かね、オイラははっきりわがままだと言ってやったことがある。まだ一年の夏休みのことだった。
 彼とは同じ部活の同級生だったというだけで、特別親しかったわけでもない。一学期の終わりに、校内でたまたま別れ話の現場に遭遇してしまったのだ。部室の掃除当番で二人きりになったとき、不意にそのときのことを思い出して掘り返した。羨ましくて妬ましくて思わずこぼしてしまった、ただそれだけの、さほど意味のない言葉。
 けれど予想に反し、サソリは傷ついた顔をした。
「お前にはわからない」
 すぐに備品の整理をする手を再開しながら、彼はふいと顔をそむけた。
 狭い準備室の中、部屋の熱気が一瞬で引いてしまったかのように寒々しかった。
 強張った背中、固い声。口元をきゅっと引き結んだ横顔はどこか幼い。彼と同じ中学出身の男子が話していたのを思い出す。
「……男と女はどうやったって近づきたがるけど、本当はとても遠い」
 サソリは高校入学と同時に苗字が変わった。親が離婚したらしいとそいつは言っていた。
「はぁ? なんだそれ。よくわかんねぇけどさ、それ自分が色々持ってるから言えることじゃないの」
「俺が?」
「そう。顔」
 オイラはサソリの肩を掴み、振り向かせた。顎に指を添えてぐいと上向ける。力を込めたつもりはなかったが、サソリは驚いたようだった。
「オイラもそんな顔だったらよかったって、いつも思う。羨ましいよ。あんたはわがままだ」

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