ふいのまじわり
今思い返しても、可愛げのない子供だったと自分でも思う。外見は14歳の子供でも、中身は22歳の成人女性。大人になったばかりの境界線に位置していた自分は、周りから見れば相当無駄に大人びた子供だったんだろう。しかも、元の世界の記憶もあったのだ。無理もない。
周りに気を使い、バレないような愛想笑いをして日々を生きる。そんな異質の人間に子供を見ろだなんて、無理な話だ。もう少し子供らしくしていても良かったんじゃないか、と今でも思う。
まぁでも、リナリーに頼られやすくなったんだから、万事OKかもしれない。
「奈楠ー、おはよー。奈楠ー、奈楠ー?」
『……んむ……、』
「あれ、起きてない……珍しいわね、奈楠が今の時間まで寝てるなんて」
「何してんだお前」
「え?神田。……見て、奈楠が寝てるの」
「……珍しいな……」
「でしょう?」
朝、午前8時。いつまで経っても自分の部屋に現れない奈楠に疑問を持ったリナリーは、奈楠の部屋の前にいた。トントンとノックするも、全く応答の無い奈楠にリナリーは扉の取っ手に手をかける。ガチャ、と音を立てて開くのを見ると、鍵はかかっていないようだった。
部屋を覗き込めば、薄暗い室内。窓はカーテンで閉ざされており、隙間からの明かりしかない。スゥスゥと寝息が聞こえるのを聞くと、まだ寝ているのだろう。その事に驚いて思わず口に出す。その様子を、食堂から帰ってきた神田が訝しげに見ていた。
「……本当に、珍しいな」
「あ、ちょ、神田!?……もう!」
そういえば今朝の鍛錬でも顔を見なかったな、と思った神田は躊躇なく奈楠の部屋へと足を踏み入れる。それを咎めたリナリーも、結局は「奈楠だし良いか」とそれを許し、自分も室内に入る。
奈楠の部屋は、当たり前だけれど奈楠の香りで一杯で。思わずリナリーの頬は緩む。大好きな彼女の香りなのだ、嬉しくなるのは当然だった。ベッドで寝ている奈楠の脇に膝を下ろした、神田の後ろにリナリーも歩み寄る。
目を閉じて、規則正しく寝息を立てている奈楠。自分達の反対側に顔を向けているから寝顔は見れないが、本当に安らかに眠っている。奈楠の部屋に響くのは、奈楠の息遣いと時計の針の音だけ。
「……こんなに近づいてんのに起きねェなんて……初めてだな」
「……奈楠、疲れてるのかしら」
サラサラと、シーツの上に流れるように広がっている奈楠の髪を、リナリーは掬い上げる。大分、長くなった髪から、花のような香りが漂って2人の鼻を擽る。掬った髪の一房にちゅ、と口付けを落とす。神田は、奈楠のその無防備さに溜息をついた。
『……ん、ぅ……』
「「ッ!!」」
『……、』
急に身じろぎをした奈楠に、神田とリナリーは肩を跳ねさせる。もしかして、起きた……?と恐る恐る奈楠を見るが、起きてはいなかった。寝返りをうっただけらしい。ホ…と息をついて再び奈楠を見るが、その次の瞬間神田とリナリーは思わず目を見開いた。
問題は、奈楠の格好だった。
奈楠は寝る時、大抵カッターシャツ1枚とショートパンツ。寝るだけだし着替えるの面倒臭い、と言っていた事をリナリーは思い出した。別に、服を着ているのは良い。
何が問題なのか。それは、ボタンだ。
寝返りをうったことではだけたタオルケットから伸びる白い足、第3ボタンまで開けられたカッターシャツから覗く白い肌、それから、谷間。
神田もリナリーも、思春期と言われる時期の少年少女。目の前で好いている女が無防備に寝ているところを見れば、顔に熱が集まるのは不思議ではないだろう。リナリーは思わず顔を手で覆う。指と指の隙間からチラチラと奈楠を見る。神田は神田で奈楠から視線を外そうとするが、それが本心では無かったのだろう。控えめに奈楠のその姿を目に焼き付けていた。
「(あぁ駄目…!何でこんなに色っぽいのよ奈楠…!!本当に可愛い…!今すぐ神田を追い出して2人っきりになりたい…!!)」
「(くそ……ッ、ンでこんなに無防備なんだよコイツ…!襲ってくださいって言ってるようなもんじゃねェか…!)」
『んぅ……、……ん』
「「〜〜ッ!!!」」
薄く開いた唇から漏れる吐息。閉じられた瞼から伸びる長い睫毛が顔に影を落とし、なんとも言えない妖艶さを醸し出す。いつまでも見つめていたいような気分に陥るのは、当たり前だった。
「(ちょっと神田!変な事考えてないでしょうね!?)」
「(人のこと言えねェだろうが)」
「(失礼ね!)」
恋人に向けるような視線を持ったまま言われても説得力はない。愛しくて愛しくて、堪らない。そんな視線を神田とリナリーは奈楠に向けた。
普段の奈楠からは感じられない程の色気。赤い唇に噛み付きたい。全てを自分のものにしたい。そんな独占欲が膨れ上がった。
少し前まで一緒に寝ていたりしていたリナリー。大抵リナリーは奈楠より寝るのが早いので、奈楠の寝顔を見たことがない。朝も、奈楠の方が起きるのが早いからだ。初めて見たと言っても過言ではないその寝顔を、リナリーは食い入るように見つめた。
“彼女”と似ている奈楠。どうしても奈楠の向こう側に“彼女”を見てしまう。けれど、目の前にいるのは紛うことなき本物の奈楠。記憶に残っていた金色のフィルターを取り除けば、そこには自分が愛すると誓った女。奈楠。自分の性格から生まれたとは考えられないその感情が、「恋」だと気付くのにさほど時間はかからなかった。
人間なんて、と考えなかった事は無い。
けれど、この女だけは。この人だけは。
「「……奈楠……」」
パチリ。
ゆっくりと、閉じられていた瞼が開いた。ぼんやりと焦点が神田とリナリーに合わせられる。バチッ、と3人の視線が交われば、フワリと笑って少し掠れた声で紡がれた声。
『……おはよう』
まるで、華のような。
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