リクエスト小説 | ナノ

穏やかな日々は流れるように



帝光中学男子バスケットボール部1軍マネージャーは、とにかく忙しい。2軍や3軍のマネージャーと業務は何ら遜色無いのだが、とにかく忙しい。



その原因は様々だが、理由の7割り方を占めるのは何と言ってもこれだろう。



人手不足。



1軍メンバー2、30人に対してマネージャーは2人。桃井さつきと藤崎なつめである。加えて、桃井は仕事こそ速いと言えど、それは洗濯やスコアボードを担当する事に限る訳で。料理……とまでは言わないが、如何せんドリンク作りが壊滅的なのだ。なつめがかつて、1度彼女に任せようとしたところ、それを全力で青峰に止められた事がある。それ以来ドリンク作りはなつめの仕事だ。そして、3年にあがってから黄瀬が入り、マネージャー志望の女生徒が極端に増えた。しかし、殆どが黄瀬目当ての為あまりの多忙に脱落。辛うじて残った数名も1軍ではなく、2軍や3軍マネージャーとなるのだ。実力的に。なつめの特技はマッサージと応急処置。マネージャーの中でも1番の腕を誇るその技術は、バスケ部の中でも重宝されていた。



そんな訳で、1軍マネージャーは桃井となつめだけ。情報収集をし始めた桃井に代わって桃井の仕事を少し引き受けているなつめはとても忙しいのだった。それはもう、目も回るくらいに。



















その日もなつめは、授業が終わると速攻で虹村と共に第一体育館へと向かった。男子バスケ部専用の部室に向かう虹村と別れ、なつめもマネージャー専用室へと向かう。なつめはいつも一番最初に部室に着く。鍵を開け、自分のロッカーに向かい、制服からジャージに着替える。髪の毛を縛り終えればガチャ、とドアが開いて桃井が入ってきた。



「なつめ先輩こんにちは!」
「こんにちは桃井ちゃん、今日も頑張ろうね」
「はい!」



ニコニコ笑って荷物を置く桃井に挨拶を返し、なつめは急いで部室を出る。桃井の後にやって来た後輩マネージャーにも挨拶を返し、第一体育館へと向かう。体育館では既に練習が始まっており、独特のバッシュ音が響いていた。部員に指示を出している虹村と軽く目配せをし、ステージへと走る。カゴに入れられた人数分のボトルを確認し、両手に持って水道へと向かう。中は洗ってあるので、後は部員の好みに合わせてドリンクを作るだけだ。



「おー藤崎サン、手伝うか?」
「なーに言ってんの青峰、練習してなさい」
「青峰っちー!1on1やるっス!」
「バカだなーお前、全体練終わってからだろ」
「くぉら青峰!黄瀬!テメェらくっちゃべってねーでさっさと動け!!」
「へーい」
「すんませんっス!!」



汗を拭って声をかけてきた青峰を軽くあしらう。黄瀬が乱入し、少しうるさくなった所で虹村からのお叱りの声。素直に戻っていく2人を苦笑しながら見つめ、なつめは急いで水道に向かった。



途中で紙の束を抱える桃井に出会う。少し急いでいるような彼女はなつめを見て「なつめせんぱーい!!」と声を上げながら走ってくる。どうしたの?と手を休めずに問えば、桃井は答えた。



「なつめ先輩、虹村主将と赤司くんとコーチ、第一体育館に居ましたか?」
「虹村と赤司とコーチ?うん、居たよ」
「そうですか、ありがとうございます!」
「その様子だと今日も情報収集かな?」
「はい、そうなんです。ごめんなさいなつめ先輩……」
「いいのいいの!それが桃井ちゃんの才能を活かす仕事なんだから!さ、早く行っといで」
「ありがとうございます、失礼しますね!」



ポニーテールを靡かせてパタパタと駆けていく桃井を見送り、なつめはドリンク作りを続ける。全員分を作り終えれば、4つあるカゴを2つずつ再び第一体育館へと運ぶ。ズシリと重いカゴを往復して運び終えれば、次はタオルだ。10分休憩の間で新しいタオルと使用済みのタオルを交換するのだ。部員それぞれのタオルをこれまたカゴに入れ、第一体育館へと戻る。なつめが体育館へと足を踏み入れれば、10分休憩を告げるホイッスルが鳴った。



「10分休憩!」
「「「うぃーっす!」」」
「(良かった、間に合った……)」



何時も時間ギリギリで滑り込みセーフななつめ。良かった、と内心安堵し、取り敢えず近くにいる人からドリンクとタオルを配っていく。使用済みのタオルも受け取り、カゴに入れる。



「……藤崎、先輩……」
「お、黒子。お疲れ様」
「……お疲れ様、です」
「今日は吐かなかったみたいね、大丈夫?」
「……多分、まだ大丈夫……です」



少し顔が青い黒子の背中を摩り、ドリンクとタオルを渡す。ありがとうございます、と弱々しくお礼を言う黒子になつめは苦笑した。黒子から離れれば、虹村がやって来る。



「お疲れ虹村」
「ん、サンキュな」
「今日は?」
「あー、多分8時位だな」
「おっけー。……ねぇ、灰崎は?」



虹村にもタオルとドリンクを渡し、今日は何時に帰るつもりかを問いかける。虹村となつめは大抵一緒に帰宅しているので、この風景は良く見られるものだ。なつめが灰崎の名を口にすれば、虹村は眉を寄せて口を歪める。



「アイツまだ来てねぇんだよ……。どうにかして連れてきてぇけど、これから赤司とコーチとミーティングあるしな……」
「ん、了解。任せて……今日は」
「いつも悪ィな」



察したようになつめが引き受ければ、虹村は眉を下げてお礼を言い、なつめの頭をポンポンと撫でる。いつもの事でしょう、となつめが笑い返せば、それもそうだ、と虹村も笑った。



「虹村さん」
「おー赤司」
「お疲れ様、赤司」
「藤崎さんも、お疲れ様です」



挨拶を交わしながらタオルとドリンクを渡し、使用済みのタオルを回収する。いつもありがとうございます、と微笑む赤司に癒されるなつめ。本当に良い後輩だわ……、と少し頬が緩んでいる。そんななつめを目敏く発見した虹村は、なつめの頬をぐいーッと伸ばす。痛さに眉を顰めるなつめは、空いている手でバシバシと虹村の腕を叩いた。



「ひょ、にひふは!!はひひへんほほ!!(ちょ、虹村!!何してんのよ!!)」
「ったく、締まりのねぇ顔しやがって……。相変わらずお前の頬柔らけぇなぁ」
「はーなーひーへー!!(はーなーしーてー!!)」
「……ッふ、ふふ、」



クスクス、と笑い声がする方を虹村となつめが見れば、そこには口元を隠して上品に笑う赤司。かぁあぁ、と羞恥心からなつめは頬を染める。そんななつめを見て、ますます赤司は愛しいものを見るかのような目でなつめや虹村を見つめた。



「相変わらず、お2人は仲が宜しいですね」
「ま、俺と藤崎だからなー」
「虹村のせいで赤司に笑われたじゃん……!!あー恥ずかしい!!」
「お前に羞恥心なんてあったのかよ」
「アンタ私の事何だと思ってんの!?」
「ん?唯一無二の親友」
「……お、おう……、」



しれッと流してさも当たり前かのように告げる虹村に、なつめは少しだけ不意を突かれたように目を丸くする。そんななつめを見て虹村はニシシ、と笑い、赤司もまた笑っていた。



「……そろそろ休憩も終わりですね」
「そうだな。藤崎、タオルサンキューな。……よし、練習再開するぞー」
「「「「うぃーっす!!」」」」



手を上げて去る虹村と、会釈をして戻っていく赤司を見つめてなつめはまだ少しヒリヒリする頬を擦る。……ったく……、と少し息を付き、置いてある使用済みのタオル集めに取り掛かった。






























そしてマネージャー業は続く。回収したタオルをカゴに詰め入れ、部室へと向かう。そこには洗濯機があるので、そこで洗濯をするのだ。1日干しておけば、明日までには大抵乾く。天窓を少し開けておくので、生乾きの心配もない。万事OKである。



部室までの道のりを歩いていれば、校舎の影に人影を見つけたなつめ。もしかして、と当たりをつけて覗いてみれば、そこには予想通りの人物。ジャージに着替えてはいるものの、携帯を弄って呑気に口笛を吹いている灰崎が居た。なつめはフフンと口角を上げ、こっそりと背後に近寄った。そして、後ろから灰崎の首に右腕を回し、もう片方の腕で灰崎の左腕をギリィと締めあげた。



「はーいーざーきー」
「!?」
「くーん」
「ッぐぇ、!?ちょ、藤崎サン!?」
「毎度毎度仕事増やしやがって……、さっさと行くよー」
「ちょ、ま、締まってる!!締まってンだよこのクソババァ!!!」
「あ゛?今度ベレッタの餌食にするよ?」
「スイマセンデシタ」
「ったく、こンの万年サボり魔が」
「歩く!!歩くから引きずんな!!!」
「無理な相談ですねー、あと敬語。いやー、虹村が教えてくれた技がこんな所で役に立つとは」
「女に何てもん教えてんだよあの人!!!」



次サボったらフェイスロックねー、と笑顔で告げるなつめに、灰崎は騒ぐのを止める。女にプロレス技掛けられたの初めてだぞ……と放心気味に呟く灰崎とは裏腹に、なつめは終始ニコニコとしていた。
































「連れてきたよー」
「おー、今日も引きずられてんな灰崎」
「ちょ、藤崎サン……アンタ俺を引きずってここまで連れてくるって、どんだけ力あんだよ……」
「はー?あのねぇ……スナイパー持って野山駆け回ってれば必然的に腕の力もつくっての……。それに、マネージャー業も以外と力使うんだから」
「オラ!さっさと練習しろ!!」
「ったく……、ダリィ」
「「今度の野外、お前だけ相手さんの方な。集中砲火して血祭りに挙げてやる」」
「本当にスイマセンデシタ」



とても良い笑顔で灰崎を連れてきたなつめを、虹村が出迎える。灰崎が面倒くさそうにダリィ、と呟けば、ニッコリと微笑んで灰崎に笑いかける虹村となつめ。その微笑みのスタンドには何処か鬼が見える。ビクッとした灰崎は瞬時に謝り、練習に参加するべくコートの中へと入っていった。灰崎の後ろ姿を見つめながら、虹村はなつめの頭に手を乗せて笑う。グリグリと髪をかき混ぜるように頭を撫でる虹村に、なつめは慌てる。



「いつもありがとな、藤崎」
「ちょ、コラ虹村!……まぁ……どーってことないよ」
「そうか。……それにしても……」



動き悪ィな灰崎、と呆れる虹村になつめは笑う。大方の理由はなつめが引き摺って来たことにあるのだが、虹村は容赦しない。動きの悪い灰崎に喝を入れるべく、自身もコートに入っていった。




























「あ」



暫く練習風景を見ていたなつめだったが、突如思い出したように呟く。灰崎を見つけた場所に、タオルの入ったカゴを置いてきてしまったことを思い出したのだった。いけないいけない、と早足で体育館を出る。しかし、出口で一旦止まり、再び中を見渡す。



黙々と3Pを量産する緑間、ゴール下でリバウンドを取る紫原。豪快にダンクを決める青峰に、それに喰らいつくようにして走る黄瀬。パスの改良を重ねる黒子、粛々と指示を飛ばす赤司。サボっていた分の基礎練を嫌々ながらもこなす灰崎と、それを叱咤して見張る虹村。……いつもの、1軍レギュラーの練習風景。思わずフ、と微笑まずにはいられなかった。



「……がんばれ、皆」



小さな声で呟かれたなつめの声は、熱気に包まれた体育館の中に、静かに静かに溶けていった。

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