校舎全体に2時限目終了のチャイムが鳴り響く。シンと静まり返っている校舎からは、足音や話し声も、何もかも聞こえない。会議室に残った待機班、そして2時限目終了直前に帰還した赤司班と花宮班は、落ち着いてなどいられなかった。なつめは、「大ちゃん……!」と小さく呟きながら涙目になっている桃井の手を、安心させるようにギュッと握った。なつめ自身、表情には出していないものの、内心ではかなり焦っていた。それは赤司や花宮、笠松、岡村なども同様だ。


















原因は単純だ。
今吉班が、帰ってこないのである。


















若干不安な問題児が1名居るものの、今吉が率いる班員は大抵の事でダウンするようなメンバーではない。寧ろ、皆が何かしらの特技を持っており、必ず1つは秀でているものがあるのだ。加えて班長は今吉。赤司や花宮と並ぶ程頭の良い彼がいるのだ。何の心配もしなくて良い筈……なのだ。



探索終了時間は2時限目終了のチャイムが合図。2時限目が終了するまでに会議室に戻ってくるように。と、ちゃんと伝えた筈だった。決め事を破るような彼らではない。何かしらの理由がある筈だが、それでも焦る気持ちは静まらなかった。



「大ちゃん…っ、早く…早く帰ってきてよぉ…っ」
「落ち着いて桃井ちゃん、……大丈夫。……青峰は、大丈夫だから」
「そうですよ、桃井さん。青峰くんの班には今吉さんもいるんです。だから、大丈夫です」
「なつめ先輩……テツくん……っ」



幼馴染である青峰の安否を心配する桃井は、余りの恐怖に体を震わせていた。得体が知れず、気味が悪く、この世のものとは思えない異形が、この校舎には彷徨っている。その異形と青峰が対峙しているかもしれない、と考えると、怖くて堪らなかった。もし青峰がやられてしまったら?2度と帰ってこなかったら?……考えれば考える程、震えは止まらなかった。声を上げて青峰の名前を叫びたかったけれど、口から出たのは掠れた空気。声を出したくとも出せずじまいだった。



必死に体の震えを止めようとする桃井の背中を、なつめはポンポンと優しく叩いた。大丈夫、大丈夫。とゆっくり言い聞かせる。黒子が少し躊躇いながらも桃井の頭を優しく撫でる。2人の優しさに酷く安心したのか、桃井はなつめと黒子の名前を呼んで、何度も頷く。


















なつめはそっと、ソファーの上に横たわっている虹村に視線を投げた。ピクリとも動かない彼に、何度泣きそうになっただろうか。脈拍は安定しているというのに、心臓が動いていないという矛盾。どう考えても全く理由は分からなかった。意味が分からない、と何度も首を振った。虹村の状態は、この“普通ではない”状況下で、自身の不安要素を高める1つの原因でもあったのだ。早く、虹村の声が聞きたかった。何事も無かったように起き上がり、あの眩しいくらいの笑顔で笑って欲しかった。何で泣きそうになってんだよ、と笑い飛ばして欲しかった。彼の笑顔が、声が、いつになく恋しい。



虹村の停学処分が解かれるのは、あの放送が本当だとすると恐らく155:30:00頃だ。机の上に鎮座しているタイマーは、165:03:29を刻んでいる。残り10時間程度。規則正しく減っている秒数が、何だか自分を嘲笑っているように見えてならなかった。



「2時限目が終わってからもうすぐ10分経つ……。何してんだ、あの人は……」
「今吉さんがいるから心配はないでしょうが、……少し、遅すぎるな」
「何をしているのだよ、青峰は……」
「青峰っちと小堀センパイなら大丈夫……っスよね」



花宮が眉を顰めてボソリと呟く。今吉を敢えて“あの人”と呼んだのは、周りに心配しているのを悟られない為だろうか。赤司はタイマーと会議室の扉を交互に見やり、はぁ、と溜息をつく。珍しく緑間も青峰の様子が気になるようだった。大丈夫大丈夫、青峰っちと小堀センパイは大丈夫。と自分に言い聞かせている黄瀬も、どこか忙しない。他のメンバーも、口には出さないものの、心配しているのが表情から見て取れる。


















「さっちん、なつめちん」
「……むっ……くん……?」
「峰ちんと虹キャプは大丈夫ー。大丈夫だから、2人とも落ち着いて?はい、ココアだよー」
「紫原……」
「不安な時とか、泣きたい時にはねー、甘いものが1番なんだよー」



はいどーぞー、と2人にマグカップを押し付ける紫原。そんな紫原の行動に、氷室と赤司、なつめは少しだけ目を丸くする。人の為に何かをする事を嫌う紫原が、だ。桃井となつめの為に、ココアを作った。それだけでも驚きなのに、マグカップを渡した時の紫原の表情。2人を落ち着かせるようにヘラリと笑ったその笑顔に、2人の気持ちが少し落ち着いたのは事実だった。



紫原のその行動に何も特別な意味は無い。赤司に、なつめにあまり負担をかけるな、と言われたからというのも理由だったが、大半の理由は、なつめの悲しそうな顔を見たくなかったからだった。なつめの表情が歪む度に、紫原は何故か罪悪感に襲われていた。理由は全く分からないが、とにかくなつめの悲しそうな顔を見たくなかったのだ。自分は、甘いものやお菓子を食べれば幸せな気持ちになれる。それならばきっと、なつめや桃井も甘いものを食べれば幸せになる筈だ、という単純な思考からだった。



「……ありがと、紫原」
「どういたしましてー」
「アツシ、やるじゃないか」



フワリと笑ったなつめに、やっぱり笑った方が似合うと思ったのは心の中に留めておく紫原だった。氷室に褒められれば、紫原はそーお?と首を傾げて笑う。褒められるのが嬉しいのはやはり末っ子の性なのだろう。



「……3時限目のチャイムが鳴っても来ない場合は、1度3階に様子を見に行ってみましょうか」
「……そうだね。じゃあ、武器を持ってる私と、赤司か花宮のどちらかで……………ッ!?」



言葉の途中でハッと顔を上げたなつめ。真っすぐに会議室の扉を見つめている。そんななつめの様子に不思議な顔をする一同だったが、廊下から微かに聞こえてきたその音に、張り詰めていた空気が緩んでいくような感じがした。バタバタバタと、忙しなく廊下を駆ける足音が、どんどんと会議室に近づいてきていた。



会議室はセーフティーエリアの為、赤司班と花宮班が帰還し、残りは今吉班だけ、という時点で会議室の扉の鍵は開けてある。後は、扉が開かれるのを、待つだけだ。
































「今吉班、戻ったで!」

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