各人の戦うべき場所とは


「奈楠!?」
「おめぇいつの間に…」
『それは後で!とりあえず早く準備しないと、上がもたなくなって間に合わなくなる!!!』


解除キーを入力して入ってきたのは雪乃丞とヤマギだけだった。他にも整備班に人は居るはずだが、この戦闘だ、整備班のリーダー格である2人しか来れなかったのだろう。今CGSは、鼠の手も借りたい程に目まぐるしく忙しい。

何足も早く動力室に来て、モビルスーツの稼働の準備をしていた奈楠を見て驚いたのだろう。雪乃丞とヤマギは扉近くで足を止め、奈楠を凝視している。

奈楠は何本ものケーブルを持ち上げ、2人を急かした。雪乃丞は頭を掻き、ヤマギは真剣な表情でモビルスーツを見据えた。


「しゃーねぇ、やるしかねぇってか!…ヤマギ、5番のケーブル!」
「はい!直ぐに!」


自分1人では出来ないことも、3人居れば出来るようになる。コクピット周りはヤマギと雪乃丞に任せ、奈楠はモビルスーツの装甲のチェックをしていた。

マルバに頼み込み、モビルワーカーだけでなくモビルスーツの専門の知識を少しでも備えていて正解だったのかもしれない。モビルスーツはモビルワーカーとは全く異なる代物だ。しかも、今奈楠達が起動させようとしているのは何百年も前の、厄祭戦時代の古いモビルスーツ。

本当に、新型モビルスーツの知識が無いよりはマシだった。


「おやっさん、奈楠!!」
「おう、もう始めてるぞ!本ッ当に良いんだな!?」
「頼みます、俺はこれからまだやる事があるから…!」
『上はかなりヤバそうだね。一軍見に行くんでしょ』
「うん。念の為ドローンを持ってって、リモート発火装置の遠隔操作の準備をしておかないと…」
『オッケー、あっちに全部揃ってる筈。…社長達はついさっき出てった』
「了解、ありがとう」


再び動力室の扉が開き、今度入ってきたのはクーデリアを連れたビスケットだった。大方、このままあてがわれた部屋にクーデリアが居れば、彼女は一軍かマルバに連れ去られると考えたのだろう。恐らく、このまま行けばCGSは壊滅し、ここに残っている参番組は全員殺される可能性が大きい。懸命な判断だろう。

奈楠はクーデリアのメイドであるフミタンが居ない事に疑問を抱いたが、彼女にも仕事があるのだろうと直ぐに頭の片隅に追いやった。

そんな事より、今は早く起動準備を整えなければならない。上から響いてくる爆発による地響きが、戦場の凄まじさを物語っている。

一軍の乗っているであろうモビルワーカーに付いている信号弾のリモート発火装置の遠隔操作。最悪の場合を考えて、オルガはビスケットにそれを頼んだのだろう。全く、本当に頭の切れる隊長だ。


『っ…と、次は…!』
「あの、私も何か…!」
「お嬢さんは危ねぇから、もっと下がってな!」


何もする事が出来ない自分に業を煮やしたのだろう。クーデリアは1歩踏み出して何か自分に出来る事は無いかと尋ねる。

奈楠は思った。貴女の戦場は、貴女が戦う場所はここではない。お願いだから、ジッとしていて欲しい、と。だが、何かを手伝いたいという気持ちも分かる。奈楠の心境はとても複雑だった。

奈楠が工具を持って振り返れば、丁度奈楠の進行方向に居たクーデリアが後ずさる。そのままよろめき、クーデリアは倒れるかと思われたが、奈楠がグッとクーデリアの腕を掴み、支えた。


「奈楠…!」
『邪魔です、もっと下がって』
「す、すみません」
『キツい言い方をして申し訳ないと思っています。けど、ここは戦場なんです。落ち着くまで動かないでください』
「…ッ」


クーデリアの腕を掴んだ手を離し、奈楠は駆けて雪乃丞に声を張り上げる。


『おやっさん!多分ミカがそろそろ来る!こっちは粗方終わったけど、そっちどう!?』
「コクピット周りは三日月が来りゃ終いだ!」


その言葉に少しだけ、ホッとした。しかし落ち着くのにはまだ早かった。奈楠が自身のタブレットを見やれば、そこには今の状況では見たくも無かった波形が観測されていた。


『うっそでしょ、エイハブリアクター…!やっぱり来たか、モビルスーツ!』


早く来て、ミカ…!と心の中で焦る奈楠。けれど、丁度良いタイミングで地上からの格納庫の扉が開き、三日月を乗せたモビルワーカーが姿を現す。


「おやっさん来たよ!」
「おう、待ってたぞ!」
『とりあえずモビルワーカーをこっちに持ってきて!』
「分かった!」


雪乃丞がリフトから降り、三日月が奈楠が腕を振っている場所にモビルワーカーを動かす。


『ヤマギ、コクピットにモビルワーカーと同じ阿頼耶識のケーブル!』
「やってみる!」


モビルワーカーのコクピット内から、座席の部分だけ取り出す。背もたれの部分には、見慣れた阿頼耶識システムが顔を出している。それとモビルスーツを三日月は不思議そうに見比べる。


「これどうすんの?」
「これは元々マルバが転売目的で秘蔵してたもんでな…コクピット周りは使う用がねぇからごっそり抜かれちまってたんだ。だから、こいつを流用する」
「モビルワーカーのシステムで動くの?」
『うん。システム自体はこのモビルスーツにあった物をそのまま使うけど、欲しいのは別の部分だから。これに使われてるフレームは少し特殊だし、そもそもうちにモビルスーツはこれしかないからね』
「へぇ。奈楠、良く知ってる」
『社長に仕込まれてるからね』
「奈楠、終わったよ!」


確認してくる。と奈楠はリフトへと向かう。

一応目を通しておけ、と雪乃丞が三日月にモビルスーツのデータが羅列しているタブレットを手渡す。しかし、困ったように笑いながら三日月は受け取らない。それに気付いた雪乃丞もまた、苦笑いを浮かべた。


「…あぁ、だったな。ま、欲しいのは阿頼耶識のインターベースの部分だ。厄祭戦時代のモビルスーツは大体このシステムで……」
「阿頼耶識!?」


阿頼耶識のワードに反応したクーデリアが声を上げた。理解できない、という顔で三日月と雪乃丞を見上げている。


「それは、成長期の子供にしか定着しない特殊なナノマシンを使用する、危険で人道に反したシステムだと…!」
「ナノマシンによって脳に空間認識を司る器官を擬似的に形成し、それを通じて外部の機器、この場合…モビルスーツの情報を直接処理出来るようにするシステムだ」


雪乃丞が、クーデリアの阿頼耶識に対する知識は偏っていると言う風に食い気味に説明をする。実際クーデリアの考え方は間違ってはいないのだ。阿頼耶識の手術は実際危険であるし、この時代に体に異物を埋め込むのは倫理に反しているような物でもある。しかし、三日月達は生きる為に、この手術を受けたのだ。誰も彼もがこのような考え方では、彼らは報われないだろう。

クーデリアには、三日月が自分の命をぞんざいに扱っているように見えたらしい。認識の差という物は、時として食い違いを生じさせる。


「何で…!?そんなに簡単に…自分の命が大切ではないのですか!?」
「大切に決まってるでしょ。俺の命も、皆の命も」
『………オッケー、阿頼耶識のインターベースの接続を確認。準備出来たよ!』
「おう!」


奈楠は目を伏せた。一瞬の沈黙の後、奈楠は勢いよく首を振り、クレーンで運ばれてきた阿頼耶識とモビルスーツの接続を確認して、三日月達を呼んだ。


三日月が自身の阿頼耶識のピアスに装置を刺し、状態を確認する。


「どうだ?」
「うん、良いよ」
「よし、立ちあげるぞ」


雪乃丞がタブレットを操作し、モビルスーツを稼働させた。コクピットの端末に光が灯り、Loading...の文字が浮かんだ後に機体名が表示される。


『(……ガンダムフレームタイプ、バルバトス)』
「これ、何て読むの?」
「あ?えー…ガンダムフレームタイプ…バ、バル…バル?バルバ…」
「ッぐ!!!!」


突如三日月の体が大きく痙攣する。阿頼耶識を通して脳に流れ込んでくるバルバトスの莫大な情報量が、激しい頭痛や眩暈を引き起こして体に異変をもたらす。たら、と三日月の鼻から一筋の鼻血が垂れ、ボタボタとコクピット内を汚していく。

前のめりになって激痛に耐える三日月に、雪乃丞と奈楠は動揺する。


『ミカ!』
「おい!三日月!」
「おやっさん、奈楠!準備は!?もう上はもたない!」
「そ、それが、三日月の様子がやべぇ!」
「そんな…!」
『やっぱり反動がデカいんだ…!一気に情報が流れすぎてる!待って、今リミッターの制限を』
「…奈楠」
『!』
「大、丈夫」
『ミカ…』


繋がれた阿頼耶識のリミッターの制限を強くしようとした奈楠の腕を、三日月がパシッと掴む。それに驚いた奈楠は、自分をジッと見つめてくる三日月を見つめ返した。

三日月の瞳に灯る光に気付き、奈楠は全く、とため息を付く。どちらともなく頷きあい、三日月はそっと奈楠の腕を掴んでいる手を離した。

左手で端末を操作する三日月を、雪乃丞が心配そうに見やる。


「バルバトス。…さっきのやつ、コイツの名前だって」
「三日月、大丈夫なのか?」
「うん。だから急ごう」
『ミカ、3番から出て。…気を付けて』
「奈楠もね」
「しゃあねぇか……行けるってよ!」


コクピットが閉じられ、ケーブルが引き抜かれてバルバトスは出撃準備を整える。今頃三日月は、グリップを力強く握っているのだろう。ビスケットとクーデリアは、バルバトスが出て行く先を、心配そうに見つめている。


「彼は…勝てるのですか?」
「さぁ…」
「!?」
「僕達はただ、負けないように抗うことしか出来ない」
『…でも、ミカだから。大丈夫』
「奈楠…」
『何てったって、参番組最強だからね』


新たな戦闘の火花が、切って落とされた。



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ビスケットが戦場へと戻り、クーデリアは先程までバルバトスがあった場所を微動だにせず見つめていた。奈楠はそんなクーデリアの後ろ姿を見つめ、ふぅと一息ついた。上から響いていた地響きは少しだけ収まり、遠くからの戦闘音が微かに聞こえてくる。恐らく基地を傷つけないように、三日月は離れたところで戦っているのだろう。


ふと奈楠が顔を上げると、そこにはスラスターのガスを補給する管。


『……………………………あーーーーーーーッ!!!!!』
「どしたぁ、奈楠」
『おやっさん!!!!ガス!!!』
「………あ゛ーーーッ!!!ヤマギやべぇ!スラスターのガス補給すんの忘れたァ!!」
「えぇっ!!?」
「どうしよう…」
「いや、どうしようったって…」
「起動するのでいっぱいいっぱいでよぉ…!」
『さっきまで覚えてたのに…!残ってた分でどれだけ動けるか…!ミカはモビルスーツ動かすの初めてだし…あーもう!』