帰ってくる場所


参番組の皆が寝静まった夜。オルガと奈楠、雪乃丞の3人はモビルワーカーが陳列する倉庫内で、最後の備品チェックを行っていた。オルガは、雪乃丞が座っているモビルワーカーの下に上半身を潜り込ませ、調整を行っている奈楠を見て苦笑いをする。


「…よーし、これで持ってく装備の確認は終いだ」
「お疲れさん」
「もう明日か、例のお嬢さんが来るのは」
『早かったねー』
「あぁ、んで明後日には出発。地球までの往復に、あれやこれやで5ヶ月くれぇか」


タブレットを操作し終えた雪乃丞が顔を上げ、巻煙草に火を付ける。5ヶ月、という言葉に奈楠は少しだけ眩暈がした。きっと、とてもとても長い月日なのだろうと思う。今まで長期間離れた事の無かった彼らと、離れる事になるのは寂しい事だ。奈楠は整備班の為、地球行きの仕事のメンバーからは外れていた。少し落胆するような奈楠の声にオルガは笑う。


『…私も地球行きたかった。オルガ達とそんなに離れるの、結構久しぶりな気がするし。社長に頼んでみようかな』
「多分お嬢さんも女1人だからな…頼み込めば、世話係として案外行かせてくれるかもしれねぇな」
「…ここも静かになるなぁ。ご指名の仕事なんだろ?良かったじゃねぇか」
「何が良いもんか…いつも通り便利に使われるだけさ」


マルバや一軍の男達の、参番組に対する扱いは酷いものだ。雪乃丞はCGSの中でも参番組を対等に扱ってくれる唯一の人間であり、参番組からも慕われていた。マルバや一軍の人間が変わる事は無いであろうし、やはりこれからも参番組の扱いは変わらないだろう。

ー阿頼耶識システム。これが参番組の子供達に埋め込まれているのが悪い証拠だ。


「おめぇん時は笑えたよなぁ。麻酔もねぇ手術なのに泣き声1つ上げねぇで、可愛げがねぇって殴られてよぉ」
「泣けばだらしねぇって殴られただろ」
『ま、結局殴られるのには変わらないんだよね』


珍しく間延びした声で言った奈楠に、オルガと雪乃丞は困ったように顔を見合わせる。奈楠の背中に付いている2つのヒゲの存在を知っているからだ。人間の価値も、女としての価値も失う阿頼耶識。奈楠が、そんな物を埋め込む手術を自ら進んで2回も受けようとしたと知った当時、雪乃丞もオルガも一緒になって止めたものだ。…結局、奈楠の言葉に折れて、止める事は叶わなかったのだが。


「ったく、奈楠も奈楠だ。女の体にわざわざあんなもん入れやがって」
『1回目はある意味強制だったけど。…元々良い扱いは受けてなかったし、痛いのは慣れてたからね。…まぁ、規格外の痛みだったのは事実なんだけど』
「お前が"あっち"の仕事をしなくて良くなった事は、ヒゲに感謝しなきゃなんねぇけどな。…小さい奴らや俺らを、守っててくれたろ」
『……守られてばかりは、性にあわないからさ』


体動かす方が好きだし、と言いながら、奈楠はモビルワーカーの下から抜け出す。スパナとケーブルを床に置き、ググッと伸びをする。腰に巻いていたジャケットを羽織り、雪乃丞が使っていたタブレットを操作する。


『…よし、オッケー。おやっさん、全部終わったよ』
「おう、ありがとな」
「…ま、どっちにしろ、ここじゃ俺ら参番組はガス抜きする為のオモチャか、弾除け位の価値しかない。でも、俺にも意地があるからな。…カッコ悪いとこ見せられねぇよ」
「…三日月には、か?」


オルガは片目を瞑り、奈楠は肩を竦めた。そんな2人に雪乃丞は苦笑いし、煙草の火を足で潰した。


「苦労するなぁ、隊長」



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倉庫から出ていくオルガと奈楠の後ろ姿を見つめる雪乃丞は、ぼそりと呟く。その表情は柔らかく、まるで我が子を見つめるそれだった。


「三日月だけじゃなくて…奈楠にも、だな」






「…奈楠、オイル付いてるぞ」
『…ん、サンキュ』
「おう」


奈楠の頬に作業している時に付いたのであろう、オイルが付いているのを見つけたオルガは、自分の指でそれを拭う。綺麗になったことを確認して再び前を向くが、何か思い出した様に再び奈楠の方を向き、今度は体を少し屈めて奈楠の首元に鼻を埋めた。それを怪訝そうに奈楠は見る。


『…何してんの』
「こないだミカが言ってただろ。俺もそう思ってたからよ」
『…全く…』


体洗うのに使ってるのは変わんないんだけどなぁ、とぼやいた奈楠に、オルガはそうなのか、と内心驚く。昔から変わらない、奈楠の匂い。自分が帰ってくる場所はここだ、と思わせてくれる匂い。そんな心が安心する匂いが、オルガは1番好きだった。


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