落とし前を付けようか


参番組の子供達を寝かしつかせ終えた奈楠は、静かに部屋を抜け出して動力室へと向かった。そこには既にオルガ、三日月、ビスケット、ユージン、シノ、昭弘が揃っており、奈楠を待っていた。


「遅かったな」
『ごめん、ハイドが中々寝付かなくて』
「アイツは1番年下だからなぁ」
「…よし。…行くぞ」


奈楠と三日月は懐から拳銃を取り出し、リロードされている事を確認してセーフティを解除する。

ガシャ、と妙に響いたその音は、まるで彼らを送り出す歓声のようにも聞こえた。奈楠は一瞬動力室の奥を見やり、静かに扉を閉めたのだった。



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一軍の主要メンバーの人間達を集めた部屋の前に、オルガを先頭として7人は立っていた。中からは戸惑いのざわめきや、呻き声が聞こえてくる。どうやら上手くいったようだと、シノ達は顔を見合わせてニヤリと笑っている。

オルガが、扉を開けた。


「おはようございます。薬入りの飯の味はいかがでしたか?」


ハエダを筆頭とし、親指と足を縛られ動く事も出来ずに座り込んでいる男共の顔が、廊下の暗い明かりに照らされた。自分達が食べた物に薬が仕込んであったと知った彼らは、案の定逆上する。

しかし、動く事が出来ない為に叫ぶ事しか出来ない。


「薬だァ!!?」
「ガキが!!何の真似だ!!!」
「…まぁ、ハッキリさせたいんですよ…誰がここの1番かって事を」


オルガ達参番組で、CGSを乗っ取る。彼らの計画はそういう事であった。社長であるマルバが居ない今、CGSの主導権を握っているのは一軍の人間だ。その中でも、マルバと行動を共にしていたハエダやササイ。そして周りの男達。彼らを制圧して、CGSを乗っ取ろうというのだ。


「あぁ!!!?」
「ガキ共!貴様ら一体誰を相手にして…!!」
「ろくな指揮もせず、これだけの被害を出した無能、ですよ」
「ふ、ふざけるな!!!」


ハエダ達も黙ってはいない。彼はオルガの足元に唾を吐く。それを見たオルガは何の容赦も無しに彼の頭を蹴りあげた。

オルガ達が履いているのは軍用ブーツだ。靴底は厚く硬い。仕込もうと思えば鉄だって仕込むことが出来るのだ。そんな靴で容赦なく蹴りあげられれば、腫れるだけでは済まないだろう。あまりの痛みにハエダは呻き、観念したように叫んだ。


「ッ!!!…分かった、分かったから…!と、とりあえずコイツを取れ…そしたら命だけは助けてやる…っ!」
「あ?お前状況分かってんのか?その台詞を言えるのは…お前か?俺か?…どっちだ」


オルガから発せられる竦む程の殺気はビリビリと肌に突き刺さる。ぐ、と言葉に詰まったハエダはオルガを睨みつけた。


「無能な指揮のせいで、死ななくても良い筈の仲間が死んだ。その落とし前はキッチリ付けてもらう」
「…は?…待てっ!何…っ」


2発の銃声が響く。

ーシン、と部屋は静まり返った。

「落とし前」。この言葉は合図の様な物だった。昔から、オルガと三日月、そして奈楠の間で使われていた言葉。ハエダの頭部を銃弾が貫通し、ピクリとも動かなくなる。それを見た一軍の大人達は呆然とした。


「さて…これからCGSは俺達の物だ。…さぁ選べ、俺達宇宙ネズミの下で働き続けるか、それともここから出ていくか」
「コイツ…!!!」


我慢ならなかったのだろう。オルガの言葉を聞くや否や、ササイがどうにか立ち上がる。しかし、次の瞬間にはまた2つの銃声が聞こえ、真っ赤な血溜りを作りながらササイは倒れ込む。


「どっちも嫌なら、コイツみたいに終わらせてやっても良いぞ。…あぁ、そうだ。奈楠、先に終わらせちまえ」
『うん』


ツカツカと前に出て来たのは奈楠だった。奈楠は一軍の大人達が座っている中を掻き分け、暗い中目的の人物を探す。そして、1人の男の前に立ち、見下ろした。


「!?奈楠…!」
『どーも』
「、な、何してやがる…!?ッお前、まさか…!?」
『その、まさかだけど』


中年の、少し小太りの男だった。奈楠にとってはとても憎たらしい存在だった。眼前に銃口を突きつけられ、焦ったように体を動かし、唾を飛ばしながら喚く男。


「ふ、ふざけるな!!!今までお前を1番可愛がってやったのは誰だと思ってる!!?お前を気持ちよくさせてたのは誰だ!!?俺だろ!!!」
「よく言うぜ」


ハッ、と嘲笑うように笑い飛ばすシノの声は聞こえないかのように男は奈楠だけを下卑た目で見つめながら言い続ける。ニヤニヤと舌舐りをしながら見つめる男とは対照的に、奈楠の表情は抜け落ちたようにピクリとも動かない。男は今までの奈楠との行為を思い出しているのか、恍惚な表情をしていた。この状況で喋り続ける事が出来るとは、どんな心臓をしているのだろうか。

それもそのはず、この男は奈楠に阿頼耶識が付いてもなお、奈楠をつい最近まで犯し続けていた男だった。阿頼耶識の付いた奈楠を抱く物好きな男はこの男しかおらず、しかもこの男はCGSの中でも中々に地位が高い。奈楠やオルガが頭を悩ませていた人物だった。


「声を我慢する位気持ち良かったんだろ!!?そうなんだろ!!!?…へへっ…奈楠、お前は上玉だった…!阿頼耶識が付いてようと、付いてなかろ『…あーもう、うるさいな』…!?」


2発の銃声と、奈楠の声が響く。ドクドクと流れ出した血が奈楠の足元に流れ、ブーツの底を汚していく。


『アンタよりは社長の方が、よっぽどマシだったよ』


何の躊躇も無く男達を殺していく奈楠と三日月に、一軍の大人達は気味悪がって尻込みをする。そんな大人達を急き立てるように、オルガは片眼を瞑った。


「…さぁ、どっちだ?」
「あのー…俺は、出ていく方で…!」


そう言って1番に声を上げたのは眼鏡をかけたひ弱そうな男性だった。声は震え、冷や汗をかいてカタカタと震えている。そんな男に、ビスケットは何かに気付いたように声をかけた。


「…あ、確か会計を担当している、デクスター・キュラスターさんですよね?貴方には、ちょっと残ってもらいます」
「えぇえええええぇえ!!!?!?」


デクスターの叫び声が部屋中にこだまする。無理もないだろう、出て行こうとしたのにも関わらず残れと言われたのだから。

まるで、一瞬の出来事だった。



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夜が明け、奈楠はヤマギとタカキ、雪乃丞と共にバルバトスの整備をしていた。整備と言っても知識がそれ程多くは無いために、最低限の物だ。奈楠はヤマギとタカキにモビルスーツの整備の扱いの仕方を教えていた。


『どうヤマギ、出来そう』
「んー、慣れれば大丈夫だと思う」
「奈楠さんはモビルスーツ詳しいんですか?」


自分を見上げながら純粋に問いかけてくるタカキの顔を、奈楠は見つめた。んー、と顎に手を当て、片手でバルバトスのコクピットの装甲を触りながらそれを眺める。


『そうだなぁ、このバルバトスとなると難しいけど、こないだ鹵獲したグレイズなら何とかって感じかな』
「へー、すげぇ!」
「奈楠に色々教えてもらわないとね」


ニッコリ笑ったヤマギにはいはい、と奈楠は軽く返す。そして下に視線を向けると、巻煙草をふかしている雪乃丞の姿。


「おやっさんは残ってくれるんだ!」
「まぁなぁ!俺も年食っちまった。ガキのお守りくらいの仕事が丁度良いのさ」
「おやっさん友達居なそうだしね」
「外でやってけなさそうだしね」
「良く分かってんじゃねぇか…」


雪乃丞に対する2人の的確な見当に奈楠は思わず肩を竦める。雪乃丞も雪乃丞でまた、微妙な顔をして見せた。


「おぉい!こっちに三日月と奈楠は居るか!」
「おぉ、奈楠は居るが、三日月は居ねぇぞ」
「そっか。…おやっさん、奈楠借りてって良いか?」
「おぉ、持ってけ持ってけ」
『何その言い方…』
「行ってらっしゃい奈楠」


不意にオルガの声が聞こえた。CGSを辞めていく隊員と話をしていた筈だが、終わったのだろうか。そう思ってひょこっとコクピット内から顔を出し、呼ばれればするりとバルバトスを降り、雪乃丞にタブレットを渡してオルガの元へと駆けた。

そこにはオルガの他にもクーデリアがおり、2人は何やら話をしている。


「俺達の仲間が死んだのは、アンタの責任だと?」
「…!……私は、ただ自分が悔しいのです…!こんなにも、無力な自分が」



『そう思ってるだけだから無力なんじゃないですか』
「…奈楠」
『ノアキスの7月会議。貴女はそこで何をしたんです』


オルガの隣に立った奈楠は、ジッとクーデリアを見つめる。その目に気圧されたクーデリアは自身の手を握りしめ、奈楠から視線を逸らしながら告げた。


「…私は、ただ火星の現状を述べただけです。火星を救おうと学んでいたのに、結局は上っ面の事しか分かっていなかった…!アーブラウの代表と会談する権利を勝ち取れて、少しは前へ進めたと思っていました。…けれど、こんなにも人を犠牲にするなんて…!」
『…それでも、貴女は地球へ行こうと決めたんでしょう』
「…!」
『戦いに犠牲は付き物です。それくらい、皆分かってる。何かを手にしようとすれば、必ず代償が必要になる。今貴女は、確実に前に進んでいる。後悔ばかりして、立ち止まっている暇なんて無い』


バッと顔を上げ、クーデリアは奈楠の瞳を見た。クーデリアは、奈楠の瞳の中に何かを探していた。彼女は何かに気付いた顔をしており、奈楠は満足げに頷いた。


『…でも、自分が無力だって思えるのは、良い事ですよ。自分は無力だと自覚すれば、人は少しでも、強くなろうと努力するのだから』



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説教じみてしまったな、と奈楠は思った。同い年程の同性に接するにしては、こんな状況とはいえ少し間違った選択をしてしまったのかもしれない。ここから彼女がどう転ぶかは、奈楠の預かり知れぬ所だが。


「お嬢さん相手によくあそこまで喋ったな」
『あー、何か勢いでさ。…で、どしたの』
「これからの方針をちょっとな」
『…ふーん。ミカは"俺は良いよ。難しい事よく分かんないし"って言うと思うけどね』
「だよなぁ。…そういやお前、マルバに言われてデクスターと一緒に書類整理やら何やらしてなかったか?」


ガシガシとオルガは頭を掻く。そして、あ、と思い出したように奈楠に問いかけ、奈楠は少し困ったような顔をして答えた。


『うーん、まぁ…凄い付け焼刃な知識だったけど、デクスターさんに助けてもらいながら、色々とね。…それに、書類整理は得意…だし』
「……これからも、頼んで良いか?」
『良いよ、だって他にやる人居ないでしょ』
「…サンキュな。俺も手伝うからよ」


申し訳なさそうに視線を向けてくるオルガに奈楠は心外だ、という顔をする。自分は、オルガや三日月の頼みなら何だってすると言うのに。全く、と口の中でぼやきながら、奈楠はオルガがデスクワークをしている姿を想像した。


『オルガが事務仕事かー、オルガは何でも似合うけど、その中でも1番似合わない仕事だね』
「お前なぁ……」


オルガは少し赤くなりながらため息を付いた。