守る


動力室への扉が開いている事に奈楠は気付いた。もうこの動力室にはバルバトスは無く、殆ど誰も用は無いはずだった。

けれどまぁ、誰が居るのかは予想が付く。

顔を覗かせてみれば、やはりそこにいるのは三日月とオルガだった。

もはや奈楠と三日月、そしてオルガの特等席となっていたバルバトスの足元。陽の光が当たる場所。


「まーた食ってんのか?」
「うん」
「美味いか?それ」


三日月はポケットから火星ヤシを取り出して次々と口へ運ぶ。火星ヤシは甘く、栄養価が高い。阿頼耶識の副作用で体の成長が進まず、そして参番組に出されていた貧相な食事での栄養を補う為に、火星ヤシは最適だった。

三日月は一掴み分の火星ヤシをオルガに差し出す。しかし、オルガは少し思案した後に、それを断った。


「ん」
「……いや、良いや」
『ミカ、オルガ』
「おう。…さて」


奈楠の呼びかけに2人は気付き、立ち上がる。


「奈楠、口開けて」
『ん』


そうして三日月が奈楠の口に入れたのは、1つの火星ヤシだった。噛み締めれば、まるで砂糖のようなチョコレートのような甘みが口に広がる。どうやら外れでは無かったようだ。無意識に口角が上がった。



ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー




数時間後、モビルワーカーの修理を終えた奈楠は食堂へと向かっていた。確か、夕方の一軍の食事にユージンとビスケット、シノが強力な睡眠薬を入れる算段だった筈だ。

参番組がいつも食事を取っている食堂の前に、3人の人影が見えた。三日月とクッキーにクラッカだった。どうしてクッキーとクラッカが居るのだろうと疑問に思ったが、恐らく昨日の戦闘を知り、ビスケットの事が心配になったのだろう。

奈楠は三日月に手を挙げた。そうすれば、三日月は何かを食べているようで、スプーンを持った手を奈楠と同じように挙げた。


『ミカー』
「ん」
「「奈楠だー!」」
『クッキー、クラッカ。…配膳か、偉いね』
「えへへ!アトラとクーデリアと作ったんだよ!」


クッキーとクラッカの前には配膳台に置かれた寸胴鍋があった。その中にはトマトスープが入っている。匂いが腹を刺激する。とても美味しそうである。

奈楠がクッキーとクラッカの頭を撫でれば、2人は嬉しそうに頬を緩ませる。そして、クラッカはズイ、とお椀を奈楠の目の前に差し出す。


「はい、奈楠も!ご飯まだでしょ?」
『…これ、野菜大きいね』
「クーデリアが切ったんだよー!」
『へぇ、クーデリアが』


デカくて美味しいよ、とモグモグ食べている三日月が奈楠に告げる。へー、と感心したように奈楠はクラッカが差し出したお椀を見つめ、それを受け取った。

1口掬うと、スプーンから零れるほどの大きさの野菜。はぐ、と咀嚼すれば、トマトスープが野菜に染み込んでおり、食べごたえもしっかりしていてとても美味しかった。

しかしそれを見たクーデリアが一目散に駆け寄ってくる。


「わぁーーーーーーーーっ!!?奈楠、それはダメです!とても人様にお出しできる物では!!」
『どうしたんです』
「"どうしたんです"って…!あの…!!」
『普通に美味しいですよ、大きいから野菜の味が凄く分かるし食べごたえがある』
「…それは…大変良かったです…」


叫び声の様な声を上げてこちらに寄ってきたクーデリアを、奈楠は咀嚼しながらジッと見つめる。何を言うのだろうか、確かに野菜の形は歪で大きさもざっくばらんだが、美味しい事に変わりはない。奈楠がそれを伝えれば、クーデリアは少し頬を染めてモジモジとした。

初めて廊下で会った、凛とした佇まいのクーデリアとは違い、こちらは良く素が出ているような気がする。…いや、どちらのクーデリアも素なのだろうが。お嬢様育ちでまだまだ何も知らないであろう彼女は、とても可愛らしかった。ー自分とは、全く違う。


「奈楠、三日月と同じ事言ってるー!」
「クーデリア、奈楠はおいしいもの食べると真顔になるから大丈夫だよ!」
「そ、そうなのですか…」
『……ミカ、私ってそんなに表情無くなるの…』
「んー、まぁね」
『マジか』


気付かなかった、と奈楠は片手で頬を触る。そんな奈楠を見てクッキーとクラッカは笑う。少しだけ安心そうにして配膳に戻ったクーデリアを見ると、確かに自分の表情は無かったのかもしれないと思う。


「私、また奈楠が作ったのも食べたいなぁ!」
「私も私もー!」
『…うーん、また桜さんの所に行った時ね』
「「やったー!」」


ワイワイと騒ぎ出した2人の言葉に、奈楠はピク、と手を揺らした。それに気付いたのは三日月だけで、三日月はジッと奈楠の手を見つめる。それに気付かない振りをしながら、奈楠は考えるようにして曖昧に笑った。

そうして視線を逸らした先に、奈楠は積荷に荷物を乗せているアトラを見つけた。アトラを見つけた奈楠はスープの残りを一気に飲み干し、手を合わせた。


『(…!!アトラだ。)ごちそうさまでした。美味しかったよ。クッキーもクラッカもお疲れ様』
「わーい!」
「おそまつさまでした!」
『ミカ、私ちょっと先行ってる』
「分かった」



ーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー




『アトラ!』
「!奈楠、久しぶり!…って、もう!」
『だってアトラに会うの久しぶりだから』
「もー!だからって驚かせないでよ!」


丁度運転席に乗り込もうとした所だったアトラに声をかけ、振り向いたアトラを奈楠はギュッと抱きしめる。勢いよく抱きついた為アトラは驚き、少しだけ怒ったように奈楠の腕を軽く叩いた。

アトラは奈楠の唯一の女の子の知り合いだった。アトラは世話焼きで、男所帯に女1人だった奈楠をたいそう心配してくれていた。アトラの作る料理に胃袋を掴まれたという事もあり、奈楠はアトラにとても懐いていたのだった。

アトラもアトラで奈楠の事を好いており、また、奈楠の事を勝手に三日月を巡る最大のライバルとして見ていた。

奈楠にはもう、三日月やオルガ、アトラの居る場所しか帰る場所がない。イノセンスも無く、エクソシストでは無くなり、黒の教団には帰れない。それに気付いた時はたいそう荒れたものだが、いつも奈楠の傍には三日月とオルガ、アトラが居た。

帰る場所がある事は、いつだって、奈楠に希望を持たせていた。


「あ、そうだ。奈楠に渡す物があるの。…これ!」


そう言ってアトラはポケットから取り出した物を奈楠の目の前に掲げ、手のひらに乗せる。


『ブレスレット…』
「そう!三日月と私と奈楠で、3人お揃い!」
『お揃い…』
「私はピンクで三日月は青なんだけどね、奈楠は何色が似合うかなーって凄い迷ったの!……奈楠?」


アトラの笑顔が、脳裏で誰かと重なる。失礼な事だと分かっているのに、どうしても、重なってしまう。照れたような笑顔で、控えめに、それでいて心が暖かくなるような。


思わず、言葉を無くした。

全力を尽くして守ろうと思った。


『アトラ…ありがとう…』
「うん!」


×