「これ先輩に」
「あー、ありがとう。お返しなんてよかったのに」
「そう言うだろうとは思いましたけど」
赤葦くんがくれた手のひらサイズの四角い箱。そっと持ち上げて裏面を見るとチョコレートと書いてあった。赤葦くんが溜息を吐く。
「いきなり品名確かめるなんて行儀悪いっスよ」
「ごめんごめん。さっき雪絵に渡してたのと違うから」
「あの人のは特別ですよ……」
「質にも量にもうるさいからねぇ」
「ええ、まあ」
何処そこのケーキ屋の焼菓子が絶品だとかあのブランドのマカロンが人気だとか、一ヶ月も前、つまりバレンタインのその日からずっと部員のみんなに触れ回っていたのだから、そりゃあ無視するわけにもいかないだろう。木兎や木葉が雪絵のお眼鏡に叶う品を探すための手伝いを半ば無理やりさせられて、あちこち連れ回された身としては、今日一日ご機嫌の雪絵を見れたことで苦労はまあ報われたと言えよう。
「先輩は木兎さん達には渡さなかったらしいですね」
「うん」
その代償として手伝わされたようなものだった。
「木兎たちっていうか」
「はい」
「赤葦くんにしかあげてない」
「光栄です」
光栄です。だって。
感情の読み取れない顔でさらりと言ってのける赤葦くん。
「食べていい?」
「どうぞ」
「ねえ、これちょっといいやつなんじゃないの」
「そうでもないですよ」
そしてしれっと嘘をつく。私が木兎たちの手伝いでいろんなショップを巡ったことにより、一ヶ月前よりスイーツに詳しくなっていなければ、全く疑いもせず簡単に欺かれていたことだろう。
「どれから食べようかな〜」
4種類のトリュフの上で、迷いながら行ったり来たりする私の手。その横からスッと入ってきた赤葦くんの長い指が、一粒掠め取った。
「これが人気らしいです」
と言って、私の顔の前に突き出す。
文字通り、バレンタインのお返しとでも言うような、なんとも赤葦くんらしい行動だった。
「あーん」
チョコを口に含む瞬間、赤葦くんの指が軽く唇に触れた。
繊細でなめらかなガナッシュは、舌先に乗ったそばから溶けていく。ほろ苦い上品な甘さが口いっぱいに広がった。
「うーん!とろける……幸せ〜」
「よかったですね」
あまりの美味しさに頬を押さえて感動している私を眺めながら、赤葦くんが、自分の指先に付いたココアパウダーを舐めとった。
「もっと食べたい」
「はいはい」
私の手から箱ごと奪い、その指でまた一粒つまむ。
「あーん」
なんという贅沢。
160303