終盤戦


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18-2.臨死遊戯状様



 セラは短いくぐもった悲鳴をもらしたのち、消え入りそうな声で呟いた。

「ダメだ……」
「? 何が――」
「これ以上、争っちゃ……ダメだよ」

 そう呟くセラの声が何だか別人のように聞こえて、創介が一瞬だけ呼吸するのを忘れた。それから、息を呑んだ。

 それどころか、こちらを見上げるセラの顔が……いや、顔というか顔つきがいつもと違うのだ。追いすがる子どもみたいな顔で、セラはこちらを見上げていた。黒目がちのその両目にしっかりと透明な涙を溜め込み、セラは、否、セラに見えるその人物はじっとこちらを見つめた。

「……セラ?」

 改めて問いかけると、その表情からセラらしくない面影がすっと消えていくのを感じた。

 我に返ったセラは、慌てて首を振って両目をごしごしと袖で拭う。

「ううっ、……ッ、何だ? 何だこれは……い・一体今のは」

 セラ自身、自分に何が起きているのか整理がつかないのだろう。今しがた自分で吐いたその言葉にはまるで身に覚えなさそうだった。

 自分の意思にはまるで関係なしに、とめどなく溢れ出して来る涙に戸惑いながらセラは立ち上がった。

「だ、大丈夫なのかよ……」

 黙って見守っていた創介が唾を飲み込みながら問いかける。

「平気だ……くそっ、一体どうなってるんだ僕の身体は」

 セラにさえ分からないのなら、その異変に関しては創介にだって答えることはできない。

 ただしきりに、セラの脳裏に流れ込んでくる覚えの無い風景。断片的な、誰かの記憶と思しきその光景は誰のものなのだろう。自分ではない誰かの、その視点を彷徨って、次に見たのはまたもや見覚えのない制服姿の少年だった。

 一体何が起きたというのか、少年は満身創痍の状態で、こちらを見上げるその顔が幾度となく苦痛に歪んだ。だが、その顔はうっすらとだが微笑を称えていた。その笑顔はこちらへと向けられており、えも言われぬ優しい顔をしていた。

 ひどく慈愛に満ちたその目が笑う。勿論の事その少年が誰かは一切知らないし、ましてや今の自分の視点が誰のものなのか……知るすべなどなかったのだけど。

 それでも、セラの中にとてつもない悲しみと絶望にも似た途方の無い空虚さが膨らむのが分かった。自分ではない別の誰かの感情。なのに、セラにはこの人物の抱えているのであろう深い悲しみを知った、……理解した。引き裂かれそうになるその心の隙間に入り込むように、目の前にいる少年がひとたび笑いかけてきた。

『ミイは、辛かった……んだよね。こんな世界を目の当たりにしてさ。お、俺だってそれは思った。でも、』

 その言葉をすぐには理解できなかったのは、自分(と、いう表現は正しいのか分からないが)の聴力がおかしくなりかけているからなのか。だけど、そう長くは待たずして少年の言った言葉はセラの心の扉へと入り込んできたのだった。

 それは不思議な心地だった。

 全身、痛くてたまらないし本当は意識なんてもう遠のきそうであったのだけれど幸福だった。彼の言葉が全てを許してくれそうな気がした。

――……

 再び襲ってきた頭痛に、セラが肩膝を突く。目の前にノイズがざあっと走り抜けた。不意に戻ってくる、自分としての感覚。

――くそっ、誰だよ……誰なんだよ、お前!

 創介が何か言いながらセラを抱き起こしてくれたが、セラにとってはそれどころじゃない。

「おいセラ!? まじで大丈夫なのかよ、早くしないとっ……」

 急かすような創介の声に、ようやくのようにセラが……ゆっくりとその顔を上げた。それまでの苦痛に耐え忍んでいたような顔ではなく、憑き物が落ちた――と表現でもすれば良いのか。とにかく、まあ、全てを理解したような……そんな顔をしている。

――君が誰だって? いや……、

 そうだ、理解したのだ。

 流れ込んでくるその誰のものでもない意識が教えてくれたのだ。

「――もう、分かったよ。君の事……でも、」

――どうして僕を呼ぶんだ?

 セラが言いながら立ち上がった。それまでのふらふらとした立ち方ではなく、はっきりと自分の意思で動いているような歩き方だった。


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