10-3.堕天使の羽響
背後を見つめているルーシーの隙を狙って、ミミューがその拘束から何とか這って逃れるのだった。
「は……、げほっ!――く、そ……何て相手だ」
圧迫されていた首元を擦りながらミミューが何度も咳き込んだ。肩で息を吐きながらミミューは何とかその乱れた呼吸を整える。
ついでに髪の毛を手でさっと掻きながら帽子が無い事に気が付いた。帽子を探し、まるでコンタクトレンズでも探す人のように周囲を掻き分けていた。
「早く見つけて創介くんたちに合流してやらないと――」
部屋の隅にあった帽子を見つけてミミューが四つん這いのまま近づいた。
「あったあった……」
それを拾い上げる彼の背後で、ゆっくりと立ち上がる影があった。
「……」
ミミューは片方の膝を突いた姿勢のままで、視線だけをその背後へと動かした。
「あー……、びっくりしたなぁ、んもう」
自分で言っておいた化け物の台詞が、言葉通りの意味になっていたことに気が付いた――ミミューは帽子を被るのも忘れて引き攣った顔のままゆっくりと立ち上がり、振り返った。
ルーシーが、既にそこに何事もなかったかのように立っている。
「冗談でしょう……?」
思わず笑いながら尋ねるミミューだったが、冗談ではない証拠にルーシーもまた笑顔さえ浮かべている。
「あ〜……ああ。イッテェなー」
空々しく言い、ルーシーは首を回して関節を鳴らしながら今度は肩を押さえてその腕を回し始めた。
「何で――」
言ったところでどうにもならないことくらいは分かっていたが呟かずにはいられなかった。茫然とするミミューを無視し、ルーシーが再びこちらを見て狙いを定めたように笑う。
ルーシーが邪魔なその足元に散らばった物々を避け歩くような速さでこちらへ近づいてくる。
「……お返しだ、オラッ!」
ぼんやりと何かに打ちひしがれたように突っ立ったままのミミュー目がけて右ストレートパンチを繰り出して来た。
片頬を殴られ、ミミューが再度天井を仰ぐ羽目となる。急速に降下する視界の中、ルーシーはミミューの胸倉を掴んでもう一度反対の頬を強烈な平手で打つというよりは殴り飛ばして来た。
「あぐっ……」
壁に背をもたれる格好になったまま、ミミューがずるずると崩れ落ちた。
「――君はお馬鹿さんですねえ、もう少し賢いのかと思っていたのですが駄目だ。駄目駄目だ。全然駄目だ。痛くないんだ、ほら。血が出ても何とも無いんだよ、何ともですよ。なぁあんともね」
「ば、馬鹿な……」
鼻血を垂らしながら見上げるミミューの目はほとんど怯えた羊の目と同じだった。
これまでルーシーが対峙し、その恐怖に恐れおののき、死への絶望に打ちひしがれた者の目と何ら変わりが無い。ルーシーの中に少しばかり芽生えた羨望がすぅっと冷たく消えて行くのを彼は感じた。
トラウマ映像といえば
リアルタイムじゃないけど
スタントマンが燃え盛るバスに
車で突っ込んで脱出する、みたいな映像で
事故っちゃうの。
バスから車が出てきたはいいけど
スタントマンに 首 が な か っ た ……
失敗して首切断されちゃったみたいな感じだったけど
すっげートラウマ。すっげーーーーートラウマ。