10-2.堕天使の羽響
驚いている暇などは与えず、次の瞬間にルーシーは駆け出していた。その僅かな距離が一瞬にして縮まったかと思うとルーシーはハードルでも飛び越えるが如く部屋中に転がる障害物を避けてこちらへとやってくる。
「は……」
その勢いから繰り出されたまさかの飛び蹴りに、ミミューは気取られていた。当たると最も弱い、鳩尾にめがけて重たい一撃が当てられた。
「んぐッ」
声にならない声を漏らしながらミミューの身体が後ろに吹っ飛んだ。おまけに背後にあった半壊した壁をぶち壊しながら倒れ込んで行くのだった。
「あがっ……!」
――痛がってる場合じゃない、早く立ち上がらなくてはっ……
上半身を上げようとするミミューだったが、途端また床へと落ちる事となる。起き上がろうとするのを阻止したのはルーシーの高級そうな作りのブーツだった。
ルーシーの足が、ちょうどミミューの肺あたりを無慈悲に踏みつけている。
「どうだい、痛かったでしょう。僕の蹴り」
アルカイックに笑うルーシーの顔が自分を覗きこんでいる。
「くっ……」
腹筋を使って何とか起き上がろうとするが、ルーシーが今度は首辺りを圧迫するように踏みつけて来た。
「がっ、」
再び押し戻されてミミューはルーシーと、その後ろに見える天井を仰ぐ事となった。
「君は中々使える男ですね。そうだ、君も入団してみるかい? 僕達、ランカスター・メリンの右手に!」
「ごほっ、がほっ……、ば・馬鹿、言、え」
何とかその意志だけを伝えると、ルーシーが可笑しそうににやりと笑った。飽くまでもその足は自分を踏みつけたまま、ルーシーは何かをうーんと考え込み始めた。
「そうだなぁ……役割分担をするよ。君には……ねえ」
ややあってから閃いた様にルーシーが指をパチンと鳴らした。
「僕のブーツについた汚れを舐めさせてあげよう! どうだい、いい仕事だろう? 手を突いて裏の隅々まできれーーーーーいにね」
「は、はは……そいつは有り難いや」
言いながらミミューの手は自分の腰にすかさず伸びていた。腰のホルスターに下げてあった、愛用のショットガンとはまた別のハンドガンへと指先が伸びる。
既に撃てる状態にしてあったベレッタを抜きだすとミミューは音速でそれを抜きだした。ルーシーに銃口を定めた。が、ルーシーの反射神経が人並み外れていいのかそれとも偶然だったのか。
ルーシーの手刀によってベレッタを持つ手を叩き落された。同時に引き金を引くものの弾道はしっかりと逸らされていた。
「ざぁああんねんでしたー。狙いは外されちゃいました! あらら〜〜」
可笑しそうに言うルーシーだったがミミューはこれっぽっちも残念そうではない。それどころか笑いの形に唇を歪め、苦しげに呻くように、それでも言うのだった。
「――いや、狙いは合っているよ。ばっちりね」
それでルーシーがほんの少しだけ訝るように目を丸くさせたがすぐにその答えはやってきた。
ルーシーの背後から、崩れかけていたその積み荷の山が降り注いでいた。カルテや何かの資料と思しきファイルのしまわれたその立派そうな棚(かつて自分が脳震盪を起こしたシロモノを思わせるが)とその中身が大量にルーシーの上にのしかかる。