終盤戦


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03-3.少女の祈り



ナンシーが少しだけ顔を持ち上げた。

「よし、じゃあ外受けを思い出して。……中段外受け!」
「えっ!? あ、は、はい、こうでしたっけ?」

 それで初めに一通り習った基本の構えを思い描いた。咄嗟に構えると、ルーシーがにっこりとほほ笑んだ。

「そうそう、それ。その動きを思い出してみてくれるかな」
「こ、こう、ですよね……」

 泣き癖の残る声で答えながらたどたどしくその基本の受け方を決めた。

「ん、そうだよ。その払ってる方の腕の動きを忘れないで。今から僕、殴るから」
「へっ!?」

 実にあっけらかんと言われたがどうやら本気で言っているらしい。

「大丈夫、大丈夫。僕の殴る方の腕をその払う仕草で止めればいいだけだよ」

 簡単そうに言うが実際やってみるのは難しいに決まってる。

「ムリムリ! そんなのできっこ……」

 ルーシーが握り拳を真っ直ぐ突っ込んできた。容赦してくれたり寸止めにしてくれそうな気配は――まったくなし。勢いを伴ったその拳が向かってくる先はさしずめ鳩尾辺りか……もろに食らったらお昼に食べたおにぎり全部吐いちゃうな――なんて馬鹿な事を考えていながらも、ナンシーはルーシーの突き出した右拳とは反対の左腕を咄嗟に動かしていた。

「ほーら、止まったでしょう」

 ぱん、っと手ごたえがあった。鳩尾に衝撃はほとんど無かった。

「……っ、?」

 恐る恐る目を見開くと、自分の左腕がルーシーの拳をしっかりと止めていた。手首に当たる部分で、相手の拳に覆いかぶせる様にそれを食い止めていたのだった。

「ね? ちゃ〜んと止められるんだよ、透子ちゃんの力でも十分にね」
「あ……」
「どんな大男のパンチでも止められるよ、いやいや本当に」

 言いながらルーシーが今度は反対の拳を出して来たので慌ててまたその手を払いのける。

「そうそう。覚えておくといいよ、護身にもなるからね」
「嘘……こんなの……出来たの、私」
「そうだよ。だから僕初めは基本しかさせなかったよね。あれねー、無駄な作業とか準備体操とか言って嫌がる人多いんだけど実はすーっごく大切なんだよ。基本動作の一つ一つに身を守る為の意味がちゃんとあるからね」
「……」

 それでもまだ信じられない、と言った具合にナンシーが自分の手の平を見つめた。

――……

 あの時の記憶と、今のこの瞬間とが重なった。有沢のその拳を、ナンシーがそれとは反対の手で押さえこむようにしてせき止めた。

 それで有沢も少し驚いたように身を竦めたが、ナンシーの次なる手は止まらなかった。続くルーシーの言葉を思い出していた。

「それでね、透子ちゃん。その攻撃を弾いた後が、最大のチャンスだ。相手の腹部や上段はがら空き、カウンターを叩きこむ絶好の機会なわけだよ」
「カウンターを……」

 そう、とルーシーがにっこりと笑う。

「初めの内は無理して上段なんか取らずに……うーん、そうだな。やっぱり拳を出して守られていない上半身に思い切りたたき込むのがいいと思う」

 ナンシーが弾いた腕とはまた反対のその拳をぎゅっと握りしめた。正拳を作ると、腰を入れた。

――ユウ……あたしは、絶対に……っ

 周囲の声等はまるで聞こえなかったように思う。ナンシーはがら空きになった有沢の鳩尾めがけて下突きを繰り出した。

「うぉ゛ッ!?」
「――負けられないのよ! あたしはッ!」

 ちょっとの油断が、大きな逆転になる――ルーシーはそう言っていた。だから男であろうが女であろうが関係はないんだと、教えてくれた。

 絶対に負けたくない理由があるなら尚更強くなるしかないと、ルーシーは笑いながら話していたけれど……あの人があんなにも強くなれたのには、笑って話せるような事ばかりではないんだと痛烈に思った。

 ナンシーは軸足を返しながら、続いて上段横蹴りを決めて見せた。実際上段にまで届いていたかは不安だったが蹴り方だけなら何度もミット打ちで練習した通りだった筈だ。

 有沢が相手でなければスカートの中身が丸見えだっただろうが、関係なかった。が、奇跡はそう二度も続くハズもなかった。

 やはり先の拳だけではそう大したダメージにもならなかったのだろう。横蹴りはあっさりと止められて、続くストレートもあっさりとパリングされてしまった。

「きゃっ」

 足元がふらついてその場に倒れてしまう。

「……っ、」

 立ち上がらなければ――と思うが、膝が震えていた。相手から受けたダメージなんてたかが知れている、だからこれは自分でやった反動だろう。

「ま、まだ……」

 やれる、と口に出そうとした矢先に有沢に手を差し出された。

「なっ――」
「どうして俺達が争う必要があるんだ。……セラが一方的に悪者にされているだけじゃないか? 君はどうも探し人がいるようだけど、その探し人がセラのせいでどうにかなったとでも?」

 何故それを、と言いたかったのだが全身の疲労は思っている以上に過酷そうだ。息が詰まったようになって声の出せないでいる自分に、有沢は汲み取ったように続けた。

「雛木が色々と俺に告げ口してたもので。……まあ信用ならない奴だから半信半疑の気持ちで聞いてはいたが――」

 何か言いたかったけれど、もう無理そうだった。倒れ込むナンシーの身体を有沢が支えてやる。

「……何て女の子だ。こんな華奢な身体で俺に立ち向かうなんて」

 事実、驚いていた。攻撃を弾かれた直後の、あの冷静な攻撃の一手。まぐれ当たりにしろ、人の意思の強さと言うものに驚かされていた。これから彼女はもっともっと強くなれるのかもしれない。まあ、本人はそんな事を願って等いないのだろうけど。



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