29-1.テイルオブトーチャー(拷問の話)
「雨、ひどいねぇ」
一真がぽつんと呟く。兄弟から晴れ男と称された彼にもこのどしゃ降りにはお手上げといったところか。
雨音と遠く響く雷雨の音だけがいやにリアルに感じた。
「ま、雪が降らないだけマシだよ……」
フォローになっているのかいないのか、ミミューがそんな風に言った。それでもやはりこの悪天候にはいささか憂鬱そうだ。いささか忌々しそうに灰色がかった空を見上げている。
「――はぁ。早く止んでくれないかなぁ〜」
独り言のようにぼやき、ミミューが空から正面の景色へと視線を戻した。
バケツ水でもひっくり返したようなその雨の中を、男……ルーシーは佇んでいた。
雨でずぶ濡れにも関わらずに、この雨には全く頓着しなさそうな口ぶりと顔つきでルーシーは妖しく微笑んだ。それから、一歩ばかり前に出た。
「やあ。こんにちは、はじめまして……と」
うっすらと唇を開いてルーシーはそう言った。ガイは振り向きざま、その声を耳にしてようやく現実に引っ張り戻されたみたいだった。
――ルーシー・サルバトーレ……、
ごくん、と唾を飲み込んだ。一歩一歩こちらに足を進めて来るルーシーに一種の戦慄さえ覚えながらもガイはゆっくりと振り返った。
ルーシーの姿を察知したまさにその一瞬――、ガイは何か金縛りにでもあったみたいに、動けなくなった気がしたが……恐らく気のせいだ、と言いきかせその姿を見据える。
「僕はルーシー。ええと、あなたは……姿を見るに――お巡りさん?」
その響きにはどこか嘲笑だとか、軽んじているかのような含みが込められているように感じられた。ルーシーの意図がまったく読みとれずガイは無言のままで肩をすくめた。
「ならばそこを見込んで二、三ほど聞きたい事が」
こちらが何かを答える前にルーシーは勝手にべらべらと喋りつづけている。ガイのすぐ前までやってきてルーシーはその足を止めた。
「あなたは一体、ここで何をしていたんですかね? と、いう事と……あとは、ええと――」
この人を食ったような話し方はわざとなのだろうか?――ガイはやはり何も答えずにただじっと、ルーシーを睨み据えていた。
「今しがた、ここで誰とお話していたんですか?」
極めて友好的に、かつ穏やかな口調でルーシーは問い掛ける。表面上の姿だけに目を向ければそれはまったく敵意がないような口調だ。ルーシーがどういうつもりなのかは全く分からない――が、安心すべきではない。
「……あ、二つでしたね。聞きたい事は」
そこでまたルーシーが雨の中でにこ、と微笑みを浮かべた。自分なんかは降り注ぐこの滝のような雨が鬱陶しくて仕方がない、という具合なのにルーシーはそんな事まるで気にしてもいない風であった。
ガイはルーシーの腰辺りにちら、と視線を落とした。腰の裏から覗くそれ(釵とよばれる武器だ、琉球空手で用いられる武器らしい)に、ルーシーは手をかける様子はまったく無い。だが……ガイはまたルーシーに視線を戻した。
「――それを聞いて何がしたい?」
その意図がまったくといっていいほど読めないまま、ガイは言葉を発した。その語尾の方が震えているのに気がついて、自分が恐れている事を、知った。
「別に、悪い事をしようっていうんじゃあないですよ」
雷鳴が轟いた。
「……ちょっ〜〜と。お友達を探してましてね。大事な大事な、お友達なんですよ。ここで待ってるって言っていたのに、入れ違いになっちゃったのかなぁっ〜て」
それがまるまる真実なのかは分からないが……ガイは思った。恐らく、ミミュー達を探しているのではないだろうか。一体どういう理由で彼らを追うのかまでは分からないが――悪い予感しかしなかった。
だとしたら――、
「……知っていても話す気が無いと言ったら?」
決意を固めでもしたかのように、ガイがそう言った。ルーシーがあごを引いて、それからちょっとだけ肩をすくめて……顔を傾ける様にして、笑った。