26-2.愛し合う事しかできない
ミミューは項垂れるガイを横目に、灰色の空を見上げた。依然、降りやむ気配の無い雨を見つめた。
「夢は叶うと現実になってしまう……それならいっそ、夢は夢のままで終わっておくべきだったのか? 俺には、――もう何が正しいのかよく分からなくなったんだ」
自虐的な乾いた笑いが雨音に混ざって聞こえて来る。
「そんな時、だったよ。街に、人々の望む『ヒーロー』が現れたのは」
ミミューがすいと顔を持ち上げた。
「……僕が、憎かったんだよね」
口角をちょいとだけ持ち上げた笑い方をさせて、ミミューが消え入りそうなほどの声で呟いた。ガイの耳に届いていたのかどうか不安であったものの、その心配は無用だったらしい。ガイがすぐに頷きながら答えた。
「ああ。――だけど同時に……とても惹かれていた」
ガイが掴んでいた金網から手を離した――「認めたくはなかったけれど、きっと多分……心の底では、反発しながらも羨ましかったんだと思う」。
意外そうに、ミミューがその目を少しばかり見開いた。
「何が正しいのか迷ってばかりで、優柔不断な俺と違って……そのヒーローは、警察連中全てを敵にしながらもそれが正しい事だと言うかのように活動を止める事は無かった。生半可な覚悟じゃとてもなしえない事だと思った。――だからとても……」
「……」
「とても、悔しかった」
――誰にも媚びず、己の正義を貫き通す……
ミミューがヒーローになろうと思ったのは紛れもなくガイのためだった。それは誰かに言われてやろうと決めたのではないし、勿論誰かに止めろと言われた所で止める気なんてさらさら無かった。ガイ本人が自分のやり方を嫌がっていたのは承知だったけれど、それはいつか分かりあえる時がくればいいと思っていた。
――でも、でも……
ミミューは込み上げて来る思いに眩暈がしそうだった。……一体何から謝ればいい? ミミューが考え込むように黙っていると、ガイがこちらを向いた。それから、ややあってから「ミミュー」と呼んだ。
それは、ごくごく普通に……といったらおかしいかもしれないが、普段、二人で話している時と何ら変わりのない言い方に聞こえた。
「……何?」
ミミューが聞き返すと、ガイはコートの内側に手を忍ばせた。ミミューは、只それを黙って見守っていた。……受け入れようとさえ思っていた。それが愛しい彼の出した答えだと言うならそれで構わない。
ミミューはふっと肩の力を抜いたように、背中を金網に全て預ける姿勢になった。全てを受け入れるかのように優しく笑むと、両目を閉じた。
ミミューはしばらく、冷たい手錠が自分の両手にはめられるのを待っていたがいつまでたってもその気配は無かった。不思議に思い、ミミューがゆっくりとその目を開くと、ガイは手錠を握り締めたまま震えていた。どうせまた泣いてるんだろうな、なんて思いつつからかってやろうかと口を開きかけた時だった。ガイがその手錠を傍らに捨てたのは。
「ガイ……」
「――俺は……、俺には出来ないよ……ミミュー」
嗚咽によってか、震えた声が何度か喉を行き来するのが分かった。……泣きやむことなど、出来なかった。ガイの視線は、雨の降り落ちて来る空を見上げていた。