中盤戦


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26-1.愛し合う事しかできない



 ほんの少しだけ掠れた声で、ミミューが言った。

「な……」

 ガイがうろたえたように、目を丸くさせた。

「僕を捕まえればきっとガイも出世できるんじゃない? それならそれで、役に立てたって事だし別にいいよ。あっ、でもバレたりしたら自作自演みたいでカッコ悪いかなぁ……」

 そう話すミミューは、普段、彼の部屋やあるいはどこかのレストラン、あるいはガイの車の中や、また別の場所で会っている時となんら変わりが無いような口ぶりだった。

「……」

 ガイは雨のせいですっかりぺたんとなってしまったその短髪に手を添えた。何を言うでもなく、責めるでもなく、ただ――何と言葉をかけていいやら迷っているみたいだった。

 ミミューにもう、迷いは無かった。こんな自分に、たったひと時であろうともこんなにも素敵な恋人が出来た。そんな自分を迷いなく好きだと言ってくれた――それだけでももう、嬉しかった。束の間の夢だったとしても、それは素敵な夢だった。そして自分はそんな夢を何よりも――愛していたのだ。

 ミミューはふっと笑い、目を閉じた。

「ミミュー」
「……何?」

 いつものように、ミミューが聞き返した。ガイは、何を言うべきなのか、どうする事が一番最善の選択であるのか――まるで何かゲームでの選択肢にでも迷っている風に、ひどく悩んでいるみたかった。

 彼がこれから告げる言葉がどんなものであっても、ミミューには受け入れる覚悟があった。畏れる事は無く、ミミューはガイの選択を待った。

 二人の上には只雨が降り注ぐ。遠くで、また雷鳴の音を聞いた気がした。

「おれ、は」
「……うん」
「――俺は、……間違っていたのか?」
「なぜ……、どうして、そう思うの?」

 ミミューが極めて優しい口調のまま尋ねかけた。ガイは、唇を引き結び、ややあってから話し始めた。

「一人でも、傷つく人が減ればいいと、思った。だけど……俺のやり方では――一人を救うと、今度は別の場所で二人、あるいはその倍の人数の……人々が傷つく事になるんだ。それで結局――みんな、目には目を、歯には歯をでまた繰り返しだ。傷つけあいの連鎖は、止まらない。……全てを守ろうとすればするほど、俺の理想は遠ざかる」
「……」

 ガイはどこか遠くを見つめるような目をしたまま――それから、また言った。

「いつの世でも、誰だって正義の味方の登場を待ち望んでいる。……俺がそんな風になれたらって、何度も何度も思った。誰も血を流さなくて済むような、そんな街に出来たらなって思った」

 それはいつだったか自分に話してくれた内容とまったく同じものだったように思う。ガイはミミューの隣まで来ると、どこか無気力そうに金網に手をついた。

「だけど、現実はそう、……甘くなかった。それどころか日を追うごとに悪意は増殖して行くんだ。まるで伝染病みたいに」
「――……」

 いつしか互いに、この撃たれるような雨の存在も忘れるくらい二人の世界へと閉じこもっている事に気が付いた。


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