中盤戦


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20-1.(お)さない、(か)けない、(し)ゃべらない



「……機動隊や自衛隊は何をやっているんだ!? 早くしないと、全焼、そして俺ら共々、仲良くゾンビに食われて全滅だ!」
「分かったからとにかく今は消火に専念しろ! さぁ早く、ホースを繋いで……」

 手を伸ばそうとする隊員の手を阻止するのはまた別の隊員であった。

「だ、だがよく考えてもみろよ――ゾンビ達は火の回りには近づかないんだ、火を消したら消したで今度はゾンビ達の来襲が怖い……だから先に討伐班の到着を待った方が……」

 刻一刻と決断を迫られる中、ゾンビの数は一体もう一体と数を増やしていく。

「クソッ……何でもいい、救援はまだなのか! こんなまともに扱えもしないハンドガンだけじゃあ……っ」

 消防団員のうちの一人が忌々しそうに周囲を見渡した矢先だった。そのヒリヒリとした絶望感を更に加速させるのは――大量に走ってくるゾンビ達の群れであった。

 目を赤く光らせ、ゾンビ達は歯を剥き出しに皆全速力でこちらへ向かって駆け出してくる。

「う、うわぁああ!? あ、あれっ」
「ヒィッ……」

 上擦った悲鳴ののち、隊員のうちの一人が腰を抜かした。

「も、もう駄目です……! 逃げましょう、ここはもう無理です! 命には代えられません、すぐにでも撤退を……」
「馬鹿野郎! 俺達の『命と代えてでも』人民を救助するのが俺達の役目だっ」

 だが……、まともな武器も無しにどうすればいい? おまけにあの数は……隊員達の脳裏を支配するのはただ、もう、絶望という言葉のみであった。

 子ども達の悲鳴も、もうほとんど掠れており、一刻の猶予も争えない事を痛感させた。

「く……そぉっ、」

――どうする? どうしたらいい?

 選択を迫られるも、悠長に考える余裕などもう残されていない――逃亡、の文字が浮かんだその刹那に声が響いた。

「伏せろ!」

 瞬間的に、言われた通りにしてしまった。もうほとんど反射的であったが……その場にいた隊員たちがしゃがみこむのを見届けたように、その上を飛び越えて何かが転がってきた。

 野球ボールくらいの大きさのそれはゾンビ達の群れの前にころころと転がったかと思うといきなり何かが生え、その場にチャキンと着地したようだった。

 よくよく見ればそれはウサギの耳が生えており、コミカルで愛くるしいウサギの顔も描かれていた。一見するとウサギ型の玩具にしか見えないのだが……ゾンビ達の視線が一斉にそこへ注がれた。かと思うと、ウサギ型の装置がいきなりけたたましく赤いランプと共にクソやかましい警告音を喚き散らし始めた。

「?……??……???」

 ゾンビの一体が、小首を傾げながらけたたましく鳴り響くそれを拾い上げた。勿論他のゾンビ達も円を囲むようにして集まった。途端に、カッとカメラのフラッシュでも焚かれたかのような閃光がほとばしる……。

 かっ、と白い閃光が辺りを満たしたかと思うと、続いてうなるような轟音。空気そのものに押し潰される様な感覚があって、ゾンビが数体吹き飛ぶのが見えた。

 言わずもがな、ウサギ型のそれはコンパクト爆弾なのだろう。

「アラーム付き爆弾、大成功……と。渋らずに使って正解だったみたいだ」

 すぐ傍では火事が起きている事もあって初めは使うのを躊躇ったようだが……ゾンビ達が大量に押し寄せてくれたのが災い転じて福となったらしい、ちと残虐な言い方だがこの『肉の壁』のおかげで爆発の範囲が、他に被害を与えず狙い通りの箇所のみに集中してくれたようであった。

 装薬量は幾分か抑えて作った爆弾だったが、それでも十分な勢いを持っていた。ミミューはふっと笑うと、すぐさまワゴンを降りた。

その瞬間、頬にぽつぽつと降り注ぐ滴の存在を感じた。

「雨、か――よし、今ばかりは雨男くんに感謝しなきゃね!」

 叫んでからミミューは今にも降り出しそうな空を見上げる。

「……雨男?」

 セラがワゴンから降りるなり、小首を傾げつつ独り言のように呟いた。その後ろを通り過ぎる際、凛太郎が少し足を止めて言う。

「多分、俺の事だ」

 セラが振り向いて、はぁ、と言った具合に頷いた。どこか腑抜けた返事のセラには構わず凛太郎が続けた。

「んで、アレは晴れ男なんだ。どうだ、こういうところでも正反対だろう俺達」
「血の雨が降り注ぐところは共通してるのね」

 アレとは多分車の反対側にいるのであろう一真の事を指しているのであろう……。

「つか神父、何でさっきのあれウサギ型なの!?」

 創介が駆け足でミミューに追いつきざま問い掛ける。

「知らないよ、それは作ってくれたエミちゃんに聞いてくれ!」

 ミミューが言いながら背中のショットガンに手をやった。依然、姿勢を低くしている隊員達の姿を見つけるやミミューが叫びかけた。

「ゾンビの事は僕らに任せて……――早く、消火の方を頼むッ!」

 どこの誰なのか、素性は知らないがとにかく助けが来た事に変わりは無い――隊員達は素直にそれに従い、大急ぎで消火活動を再開させる。

「きゃああっ!」

 焼けただれた施設の一部が崩れていくのが見えた。悲鳴と共に、二階の窓から助けを求める中年の女性職員と、その手に抱かれた子ども達の姿が確認できた。

「……くそ、時間がもう無い!」

 珍しくセラが声を荒げた。セラは舌打ちをした後、バケツリレーをしていた付近の住民から水のなみなみと注がれたバケツをぶんどった。

「あ、ちょ、ちょっと……ッ」

 了承も得ずにセラはそれを浴びたかと思うと、こちらを省みる事もせず一目散に駆け出した。投げ出された空のバケツがからからと転がった。

「お、おい!」

 創介が叫ぶがセラは一切振り向かない。

「くそ、アイツまじかよ……っ」
「創介、ぼさっとするな!」

 有沢の叫び声が無かったら、ずっと意識がそっちに傾いていたかもしれない。親指の爪を噛みセラの動向を見守るしかなかった創介の喉元めがけて、一体のゾンビが齧りつこうとしていたのに初めて気がついた。そして同時に、そいつの歯を有沢が刀の腹で受け止めてくれていた事も。

「うひょっ……」
「――危うく仲間入りするところだったじゃないか」

 有沢が刀で、食らいついているゾンビ(ちなみにロリータファッションとかいう代物に身を包んでいる。フリルやリボンがたくさんあしらわれた白とピンクのドレス姿だ)を受け止めながらも、何とか押し返した。
20-3.(お)さない、(か)けない、(し)ゃべらない


 ゾンビは後ろへばっと飛び、体勢を立て直すのだった。

「――どうする、セラを追うのか!? それともここでゾンビどもの群れを相手にするのか……」
「僕はセラくんを追っても!?」

 有沢の問いかけに返事をしたのは意外にもミミューであった。

「え、し、神父が!?」
「……子ども達が心配だ! セラくんだけではとても対処しきれないだろう、僕が誘導してくる」

 こちらの返事も待たずに、ミミューはそれだけ告げるともう一目散に走り出していた。これでは否応なしに、創介たちはここへ残らざるを得ない。

「ま、まあ……神父とセラに任せようか? なあ、有沢や」
「ああ、そうするしかなさそうだ。俺がいる限り、ゾンビどもにここは通させんし……セラが悲しむから、お前の事も助けてやるさ。仕方なしにな」
「お? カックイイねえ!……さっきズボンとおパンツ脱がしてごめんなぁ〜」

 口ではそう言っているものの、まったく反省している気配は無いような気がする。有沢もそれが分かったのかはん、っと鼻の先で笑うカンジだった。

「……チャラにしてやる」

 それで益々、創介が調子づいたみたいだった。いたずらっ子のように創介もにかっと歯を覗かせて笑ってやるのだった。

「ちょっとちょっとぉ!」

 そんな二人の間に割って入るのは雛木だった。二人を押しのけながら雛木は腰に手を宛がったポーズでデンと構えている。

「僕の事、忘れてるでしょ!? 困るんだけどなー、この向かうところ敵なしの僕の強さを忘れてもらっちゃあね〜」
「……あぁっ、それもそうだな! なら雛木、お前ちょっとこの火の海に飛び込んで来てくれよ。その不死身の能力活かしてさ」

 創介が雛木に言うと雛木は顔をしかめた。

「……それはイヤ」
「何で!?」 
「肌が焦げるの、好きじゃないもの。僕、ここだけの話、ちょ〜っと火は弱いんだよね。じわじわ燃やされるのは苦手ぇー」

 そう言ってゲッと舌を出す仕草は何だか日焼けを嫌がる女子高生のような口ぶりだった。極めてその程度、というような口調なのである。

「何だそらっ! だったらここでこのゾンビの山を減らすお仕事の手伝いだな」
「そうそう。それならもう、大得意」

 にこっと笑う雛木の笑顔は相変わらず天使のように愛くるしい。だけど、その本性は悪魔も悪魔な化け物だ、騙されちゃいけない。雛木は微笑みながら創介と有沢の間を堂々と潜りぬけてゾンビ達の群れの前に怯えることなく立った。

「じゃ、僕の腕の見せ所ってところかな」
「……おい雛木、分かっているだろうがおかしな真似したら」

 有沢が血で染まった刀を掲げながら言うと一気に雛木が不機嫌そうな顔をした。

「わーかってるよ。ったく、こんなとこで裏切るような事したって僕が圧倒的不利なの有沢くんだって分かるでしょ」

 ウォーミングアップといったところか、雛木が伸びをしながらその首を回している。

「……さ! どっからでもかかっておいで、腐ったお肉ども〜」

 軽くその場でリズムでも取るようにケンケンで跳ねながら、雛木は楽しそうに言うのであった。で、そんな雛木の戦闘はハッキリ言って、モザイク処理でもしてボカシておくべきだろう……。

 ひとぉり、ふたぁり……、と無邪気な数え歌のような声と共に、雛木がなんにも知らずに向かってくるゾンビ達を千切っては投げ千切っては投げしている。

 雛木は片手にもぎ取ったゾンビの生首を持ちながら返り血まみれでケタケタ笑っている。真っ白い包帯に血飛沫で出来た赤が転々と飛び散っているのが生々しい……白いキャンバスに赤い絵の具でも筆で散らしたみたいだ。

「おーおー! 数だけ揃えて立派なもんじゃない、所詮は死人のくせに、よぉッ!」
「ひ、雛木! うしろ……」

 脊髄を垂れたままのゾンビの生首を掲げて勝ち誇っている雛木の背後から、油断しきってガラあきになったその腕に齧りつく影があった。

 ゾンビは雛木のその細っこい二の腕に容赦なく噛みついている。

「雛……っ」

 思わず言葉を失ったが、雛木は至って冷静だ。気丈にも自らその腕を千切り捨てると、ゾンビ達にくれてやったようだった。噛みついていたゾンビはいきなり突き放されてしまい、そのまま尻餅を突きながらぶっ倒れた。

  餌だ餌だと言わんばかりに他のゾンビ達がそこへ押し寄せる。まるで砂糖一粒に群がるアリの大軍のようだ。

「はんっ、好きなだけしゃぶってろよ。馬ッ鹿野郎!」

 失くした右腕と、今しがた千切られた右腕とを見比べながら雛木がぺっと唾でも吐き捨てるみたいに言う。今度は残されたもう片方の手に握られた、ゾンビの生首の脊髄を強く掴み直してから振り回し始めた。

 ソレをモーニングスターの代わりにでもしてぶん殴ろうとでも言うのだろうか、考えただけでも末恐ろしい……。

 雛木の邪悪そのものといったその笑顔に、意志をもたない筈のゾンビ達がじりじりとたじろいだ……ここからは、とてもお見せできません。

 血みどろのゴアゴア・スプラッター劇場のはじまりはじまりであった。




雛木さんも噛まれたらゾンビになるんかなぁ。
とりあえず噛まれたけどすぐ切り離したのでおk
三秒ルールなの?



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