02-5.クイック・アンド・デッド
数十体はいるんであろうゾンビの群れが、たった二人のまだ若い兄妹によってバッタバッタとなぎ倒されて片づけられてゆく。辺りは一気に血の海と化しつつあった、が。
「あちょぉおおおお! ほぁあたぁあああ!!……おやすみアホども! おととい来やがれってのよぉ!!……Hey you little coward!(よお、このチキン野郎!)、I'm gonna kill all of you!! FUUUUUUUUUCK!!(おめーらみんなぶっ殺してやるっ、ファーーーック!!)」
またもや英語で何か、多分、いや確実にとんでもない事を言いながらまりあはヌンチャクを振り回した。見た目はどう見ても女児専用のおもちゃにしか見えないそれも、当たると相当な威力を発揮するんであろう。命中したゾンビの頭がことごとくおかしな方向に向いていたり、ああ、恐ろしいのだが頭が潰れてその中身が……!
「よーし、このまま全員ブチ殺……」
「ウ、ウッ」
返り血まみれに、だが嬉しそうにしているまりあの傍に近づいてきたのは一体のゾンビ……? いや、正確に言うとゾンビなりかけの生物だった。そいつはまだ意識はあるものの、もうほとんど転化への道を辿るばかりの哀れな存在と化している。
まりあが振り返ると、そいつは左右の両頬を子どもゾンビに食いつかれてぶら下げたままの状態である。
だが子どもの歯なのでまだそこまで強くないせいもあってなのか、食いちぎられはせずに代わりに限界まで引っ張られているようだった。超強力な吸引力によってか、お陰様で超絶タレ目になったせいで人相が違っていたがそいつは――。
「げげっ、さっきの……!?」
「うう、ぅっ……どうなっちまったんだぁ、俺のこの身体はぁ〜」
そう、リンダさんである。リンダはそのほとんどゾンビなりかけの姿で近づいてきたかと思うと、嫌がるまりあに向かって一歩一歩足を進めてくる。
「キモイッ!!」
まりあが絶叫と共に一発ヌンチャクでぶん殴ったが、しぶとくリンダは匍匐前進ですり寄ってきた。挙句、足首を掴んで引っ張ってくる。がくん、とまりあの視界が揺れる。
「ぎ、ぎゃぁあああ! しぶといんだけど何なのぉ!」
「死ぬ前に……死ぬ前にパンツ見せろコラァア……、めちゃくちゃ好みなんだこのぉ〜」
「い、いやぁあああ! 無理ぃいいい! ち、近づくんじゃねえわよこのチンカス短小ほーけーヤロー!!」
すっかり取り乱したまりあは下品な悪罵を投げつけながらもはや戦いとは呼べない動きを繰り返していた。ブーツでげしげしと男の顔面をけっ飛ばすが、相手は屁でもなさそうにしている。
いくら普通の女子より優れた運動神経を持っているとはいえど、やはり根底にあるものは女の子なのだ。普通に気持ち悪いものには拒否反応を示してきゃーきゃーと騒いでまわり、冷静さを欠いてしまう……。
ゾンビなりかけの変態男に迫られるまりあに気づき、ヒロシがすいと銃口を泳がせた。パンッ、と銃声が一つばかり響き、変態ゾンビなりかけ野郎は自身によって作られた血の海に沈んだ。
「あ……、兄上〜〜〜〜!!!」
怖かった、と泣きつく妹にふっとため息を吐いて、ヒロシはやれやれと銃口を下げた。
「怖かったです、っていうか超キモかったです、とにかくもう、もう……うええええぇん!」
「……そうだな」
乱闘の中、例の不良五人組は何とか互いの身を寄せ合う事に成功したらしい。
五人揃って身を縮みこませぶるぶると震えている。ヒロシが近づくなり露骨に怯えたような悲鳴を上げた。
「というわけで、君達も知ってるんでしょう? 各地でゾンビ発生のニュース」
「し、知ってたけどまさかここまで浸食してるなんて……ヒグッ」
嗚咽交じりに一人が訴えると、ヒロシがふっと詰まったような息を洩らした。呆れているとも嘲笑しているとも取れる、何とも小憎らしい感じのするため息だった。
「まぁ、これで分かったでしょう。いかに自分が馬鹿な事をしていたか知るいい機会でしたね。高い勉強代を支払ったと思ってとっとと逃げなさい。こんなところで親不孝な事してないでね。――ここで死んだら、もっともっと親不孝者になりますよ。貴方達」
「……」
その言葉に、五人がやけにしんみりしたような顔で互いを見合わせ始めた。何も考えていなさそうに見えても、やはり色々と感じる事はあるらしい。ヒロシは念押しするように言った。
「これに懲りたなら、もう二度と馬鹿な真似はしない事ですね」
「兄上、そろそろ行きましょう。今の銃声でアイツらもっともっと集まってくるかもしれませんよ」
泣き止んだまりあが横からその腕を引いて言う。それを聞いて五人組も焦り出したらしく、よろよろと立ち上がり始めたのだった。
ヒロシとまりあも、それぞれの荷物を手にその場から歩きだした。
「なあ、まりあ」
「んっ? 何です?」
「……その、あまり汚い言葉は使うなよ」
少しだけ声を潜める様にヒロシが言うとまりあは心当たりが無い、とでも言いたげに目を丸くした。自覚が無いのかもしれない、ということは無意識なのか――尚更始末が悪いじゃないか。
「いや、だからその……さっき言っただろう、えーと……」
ごにょごにょと口籠るヒロシにまりあは益々不思議そうな顔をしている。ヒロシが一旦、わざとらしい咳払いをした。
「あーと……、えぇと……まあ、うん」
「『チンカス短小ほーけーヤロー』ですか?」
「――ああそう、それ」
気まずそうに口籠るヒロシとは対照的に毛ほども恥ずかしがる事すらなく言ってのけるまりあであった。ヒロシはごほんと咳払いしながら今度はいささか強めの口調で言った。
「女の子なんだから、そういう言葉は控えるように」
兄の言う事には基本逆らわないまりあの事だ、またいつものちょっとしょげたような調子で「はぁい」と返すのだった。
二人が見えなくなってから、五人組のうちの一人がぼそりと呟いた。
「オレ……ちょ、ちょっと漏らした……」
「えっ!? まじ!? オエッ、近づくなよ! えんがちょ!」
「そ、そんな事言わずに助けてくれよ〜! 腰が抜けて立てねえんだよー!」
悪友の涙の訴えに、一同は仕方がないとは思いつつもその手を貸してやるのだった……。