中盤戦


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02-2.クイック・アンド・デッド



リンダさんと呼ばれた男は完全にこっちを舐め切っているのか、ニヤニヤとした後にヒロシから少し距離を置いた。

――確かこういう時に師匠は何と言っていたか……

 父のレクチャーと共に交互に思い出されるのは、自分に空手を叩き込んでくれた師匠・穂邑の教えである。好戦的な奴に限って試合をわざと延ばしたがる傾向があるから、体力を無駄に消費する前にさっさと技ありで決めてしまう事……まあこれは試合ではないが、傾向としてはきっと似たようなものだろう。

 大した構えも取る事はなく、ヒロシがリンダを見据えているとリンダは満面の笑みを浮かべて突然殴りかかってきた。もう、本当に突然だった。フェイントのつもりかはたまたからかっただけなのかもしれないが、どうだっていい。
 
 ヒロシは師匠がいつか自分で試してくれたように、こんな相手にはおしおき程度に上段の蹴りでも軽くかましておくべきだろう。向こう側からの勢いも手伝って、それはよーーーーく効いたらしい。

「もげっっ」

 顔面にもろにクリーン・ヒットしたヒロシの蹴りに、リンダは何かのコントみたいにずっこけてしまった。……一撃必殺。
 それまで白熱していた中坊軍団だったが、笑顔を凍りつかせたまま静まり返るのであった。応援のポーズのまま硬直し、直前まで浮かべていた笑顔を張り付かせて停止していた。

 しばらくは時が止まったかのような静寂が周囲を包み込んだのも束の間、ヒロシは白目を向いて大の字で宙を仰ぐリンダから無言で背を向けた。

「……もういいだろ。行くぞ、まりあ」
「あれっ、もう片付いちゃったの? よわっ、見た目倒しー」

 そう言ってまりあもヒロシに続いて踵を返したが、大の字状態のリンダの指先がピクリと動いた事に二人して気付かなかった。無論、中学生軍団も気付いていないらしい。立ち去る二人の背中を茫然と見送っている、その時だった。

「なぁん、ちゃっ、てぇ……」

 リンダは起き上がりしな、懐にしのばせてあったナイフを抜き出すのを忘れずに無防備に背中を晒すヒロシめがけて突き進んだのであった。哄笑を上げつつ鼻血を垂れ流しながらキチガイキャラ丸出しでナイフをふりかざすリンダに、予想だにしない展開だったのか中学生軍団がまず驚愕の声を上げた。

 それに気付いたまりあが振り返ると、まず咄嗟に動けず絶句した。ヒロシは振り向かないままで、少し一瞥しただけであった――これも、簡単だった。

 ヒロシはちょっとだけ軸足を下げたのち、すばやく蹴りの姿勢に持ち込んだ。こんな時には有効技であろう、後ろ回し蹴りでのカウンターである。そしてその足は正確に当たってくれたようで、リンダの腹部に綺麗に入ったようだった。
 リンダが尻からアスファルトに落下し、ヒロシもそれで完全に背後へ向く形となるとそれから蹴った脚を降ろすのと共にリンダへと握ったままの拳をバッと突きつける。

 残心――と呼ばれるその行為には勿論意味がある。見た目がカッコイイだけではない。倒れた相手にも拳を下げない事で、いつでも反撃の準備は出来ている……という、文字通りに『心は途切れていない』という意思を見せ付ける意味をきちんと持っているのだ。

 気絶した相手にも例え気を抜かない、それが空手流の残心の教え。ヒロシは今度はもう完全に伸びてしまったのであろうリンダの縦長の巨躯をしばらく見つめていたが、やがてその拳を下ろした後に構えを解いた。

「……」
「…………」

 中学生軍団はもはや完全に言葉を失っているようだった……今度こそ崩れてしまったその絶対的王者を見つめ呆然とするより他ない。

 



弓道とかでもあるんだよね。残心。
空手のはかっこいいです。
やられた方は屈辱だろうけど。



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