中盤戦


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09-6.スイート・デス計画



「……ママぁ〜……?」

 それまで言われたとおりにスヤスヤと眠っていた子どもであったが、けたたましい悲鳴を聞いて再び起きてきてしまった。また叱られるかもしれないとは思いつつも、少年はリビングへと足を踏み入れた。

「ママ……」

 そこにいたのは、見知らぬ男と――ママ、だった筈の物体だった。それと周りに散らばっているのは一体何だろう? 初めて嗅ぐ、強烈な金属のような匂いも何だかとっても不愉快だ。胃がむずむずとしてくる。

 それと、変な塊みたいなのがところどころに落ちている。これが生き物だったらもう死んでいるのは間違いない筈だ。

「ママ? どうしたの?」
「……おや」

 血の海の中、ルーシーがその声に振り返った。

 少年は母親の死体の前にしゃがみこんで、その身体を揺さぶっているようだった。不思議と少年はこの惨憺たる光景の中にいながら、泣きもしなければ喚きもしなかった。その手やら身体に血が付着しまくっているのにも関わらずに、少年はもう何の反応も示さない母親の身体を揺さぶり続けていた。

「――子どもがいたのか」

 少しばかりばつの悪そうな顔をしたが、ルーシーはすぐさま子どもの前にしゃがみこんだ。

「ぼく」

 呼びかけると、少年がきょとんとしたまんまの顔を持ち上げた。目が合うと、ルーシーはにこやかに笑った。子どもの目から見ればそれは十分すぎるほどに優しい笑顔に映っていた。

「……君のママはとぉーっても悪い事をしました。君のパパも、おんなじです。たくさんの人が二人のせいで嫌〜〜〜〜な思いをしました。悪い事をした人は、反省しなくちゃいけません。人に迷惑をかけた人はちゃんと謝らなくちゃいけません。……これ、わかる?」

 極力子どもにも分かるような言葉で説明はしたつもりであったが……少年は相変わらずぼーっとした面持ちのまま、ルーシーの事を何か現実味の無い存在でも眺める様に見つめていた。

 ルーシーはフッとそれを笑い、それから云った。

「……僕が憎いでしょう。君の両親を殺した、僕が」

 少年はやはりよく分からないのだろう。只ぼんやりと、やはり眠りから醒めたばかりのような顔でルーシーの顔を見つめるだけである。

「僕が憎いと言うのなら、僕を殺しに来なさい。いつになってもいいから、その手で僕を殺しに来なさい。……僕はいつまでも待っていてさしあげますよ。君が殺しに来るのを」

 ルーシーはぼんやりとしたままの少年に囁きかける様に呟いてから、おもむろに懐から何かを取り出した。指先の間に挟みつつ差し出されたそれは名刺のようである。

 下手くそな猫の絵柄のプリントされた名刺は、血液がところどころ付着していた。少年は、反射的にその名刺を受け取った。相変わらずのどんぐり眼のまま、少年は名刺をじーっと眺めていた。

 ルーシーはその場からヨイショ、と立ち上がるとマントを翻しながらベランダへ向かった。血まみれの床は、歩くたびにブーツの踵から湿った音を響かせていた。

「僕はその場所に、逃げも隠れもせずに待っているから。……じゃあね、君がやってくるのを楽しみに待っているよ」

 がら、とベランダを開ける。同時に強い風が吹きこんできた。マントをなびかせながらルーシーは少年に向かってほほ笑んだ。

 そういえばここは高層マンションであったが――まあ、いいか。ルーシーは眺めのいい、その景色を見下ろしながら、とりあえず近くの建物を伝って下にまで降りようかな――なんて考えていた。


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