09-3.スイート・デス計画
薬のせいでハイテンションになっている奴はもう無視して、男は次々とやってくる購入希望のメールをまた見始めた。貴重な金づるだ、逃すもんか、誰一人として――男がにやりと笑うのとほぼ同時に、部屋のチャイムがなった。
「あ、来たんじゃね? Johnyさんとやらが。俺見て来るわ、どんだけアホそうなツラしてんのか拝みにいってきま〜す」
「よろしくちゃーん」
男がヘラヘラと笑いながら玄関の扉に手をかけた。ドアチェーンは外さないままで、扉を開ける。すっかり油断しきっていた。これまでの経験上そうだったように、そこに立っているのは多分、今にも泣きそうな顔をした弱腰のヤツら。
そんな彼らに、自分達はほんの一瞬でも希望を与えてやる救いの主だ。むしろ感謝して欲しいくらいなのだ――今日もその扉を嬉々として開ける。哀れな子羊たちの、一時的な救世主となるために。
「は〜い、お客様ですか? お待ちしてましたよー、早速中に……」
その声が不自然な途切れ方をしたので、一同皆顔を見合わせた。リーダー格である男が、顎でしゃくって一人を向かわせる。
面倒くさそうではあったが、部屋に置いてもらっている以上逆らえまい。渋々とではあったが男が玄関へと向かった。
「おい、どした……」
言い終えぬうちに、その出来事を理解した。というか、させられた。
「ぎっ、☆※@□%〜〜っ!!?」
訳のわからない事を叫びながら、扉の前で立っていた男が振り返った。振り返った男の、その片目に――見慣れない銀色の棒のようなもの、がアンテナのように生えていた。いいや、刺さっていた。ぶっすりと、見事に。
――何だ? 何だこれ? ナイフか? 新種のボウガンの矢か? いや、何か映画で見た事ある武器だ、なんつうのか知らんけど……
「あああああああっ! あ゛ーっ! あ!」
男が悶絶と共に絶叫を繰り返した。ちょうど、「あ」と「お」の間くらいの発音をしながら男は喚く。
その片目から生えた謎のアンテナを引き抜こうと、掴んだ。パニックのあまりか平衡感覚を失ったみたいに、刺された男はふらつく足取りのままで傘立てにぶつかった。
傘立てが音を立てながら派手に倒れたが、もうそんな事はどうだっていいだろう――仲間のそんな姿をどこか現実のものではないような心持ちで眺めていたが、男がそこでようやくはっと我に返る。
「な、何だよおい!? ゾンビか、ゾンビなのか!?」
「ある日♪ 森の中っ♪ くまさんにぃーーーー」
返事の代わりに聞こえてきたのは微妙に音程のはずれた童謡、『もりのくまさん』である。それは男の声で、まあこの際性別なんかどうでもよくって、とにかく一体もう何だ。何だってんだ。
パニクったヒトってほんとうに不思議だ。ドラマや映画なんかで、パニックに陥った人間の姿を見かけるとすぐに「何でそう言う事するかなー」「余計状況悪くしてるやん」「アホか、こいつ」……等と突っ込んで、その時にすべき行動がすぐに思いつく。
それが実際、いざ自分が立たされるとなるとどうだ。途端にその「アホ」の仲間入りをしてしまうので。
「出会った♪ 花咲くもーりーーのーーみーーちぃいい」
僅かに開いたその扉を閉める事も忘れて、男はどうしていいものかととりあえず足元の傘を拾った。何をしたいのか自分でもよく分からなかった。そのせいで、扉の隙間からすっと伸びる手に気がつかなかった。
「くまさんに、出、会、っ、たぁ♪」
その手は今しがた絶叫している男――具体的には、男の片目に向かって手を伸ばした。それから柄の部分を、掴んだ。
「ア゛……」
不思議そうに男が見上げたのも束の間、そのまま引っ張られたようで扉に勢いよく男がぶち当たった。その反動で眼球に突き刺さっていたその武器がすぽっ、と抜けた。武器の引き抜かれた男の片目から、勢いよく弧を描くようにして鮮血がピュルルと飛び出した。扉にぶつかったまま男はずるずるとその場に崩れ落ち、じょろじょろと情けなく失禁していた。
「ヒッ!?」
痛みのあまりか失神したんであろう仲間の無残な姿を見て、ようやく何をすべきなのか分かった。この、正体不明の襲撃者の侵入を防がなくてはいけない!――男は慌てて走り出し、ほとんどぶつかる勢いでその扉を閉めた。全身で塞いだ。
「ぎひぃい! おい! お前ら手を、手を貸してくれー! ここ、こっ、こいつ何かヘンだぁあーーっ!」
が、既に潜り込まされていたその脚が扉を完全に遮断するのを許さない。
歌まで口ずさんじゃって
初期よりちょっとテンション高い隊長♪(音痴)
しかし森のくまさんってあの歌謎多すぎだろ!
お逃げなさい、と言うのは分かるけど
そのあとついてくるしな。
イヤリングを届けに来るわけだけど
そんなに親切で律儀な野郎が逃げるような
害悪な存在とも思えないぜ。