08-1.無神論者のためのセレナータ
「こんな感じでオッケーかい?」
スコップを傍らに突き刺しながら、ミミューが問い掛けた。
「女の子一人ですから……大丈夫かと」
幾分か男性は調子を取り戻した声で答える。有沢が黙って少女の亡骸に毛布をかけてやると、男性にそっと差し出した。
「……優衣……」
小さな彼女の亡骸を抱きかかえながら、男性はもう一度かけがえのないその娘の名を呼んだ。その呼びかけに、娘は二度と愛らしい笑顔を向ける事は無い。鈴のような声で返事をする事も無い。男性は静かに娘の頬を撫で、もう一度声を押し殺し泣いた。
ミミューはその光景をどこか複雑な面持ちで眺めていた――昔の自分の姿がオーバーラップした。
『あなたが殺したのね!』
忘れる事の無い、その言葉が脳裏にまざまざと蘇った。もはや息の通ってはいない、小さな結花の身体を抱きしめて――妻は叫んだ。ありったけの憎悪という憎悪をかき集めた目を、僕に向けていた。
『結花が懐かないからってこんな暴挙に及んだんだわ!――それでも人間なの? 悪魔、悪魔よ!』
――眩暈がしそうだった……
ミミューはその一瞬のうちに再生された記憶に息を飲んでいた。妻は罵詈雑言を、立ちつくすミミューに向かってぶつけ続けていた。ミミューは首を振って、その回想を打ち消そうとした――いや、逃げようとした。
「神父」
有沢の声にミミューははっと顔を上げた。
「……んっ、何だい?」
「死者の弔いの言葉……彼女の魂が天国へ召されるよう、何か祈ってあげてくれませんか」
有沢が言うとミミューは了承した。名残惜しそうに、娘の頬に手を置いたままの男性の傍に立ちミミューは死者へと捧げる一句を読み始めた。
「優衣……お母さんと賢治と、仲良くやるんだぞ」
祈りを終えると、有沢が刺さったままのスコップを手にし、その上に土をかけてやった。
「途中参戦だからよく分からないんだけど。何が起きたの?」
少し離れた場所から見守るのは雛木をはじめとする、車内に待機していたメンバー達であった。雛木は相変わらず斜に構えた様子で問い掛けた。
「……ゾンビに襲われた娘さんの輸送中に、私たちと同じく立ち往生。結果、ゾンビ化。それをセラくんが撃った」
ナンシーがいつもながら愛想のない声で簡潔にまとめると、雛木はそれで「そう」と納得したようだった。こちらもまた負けじと愛想がない、というのか、極めて興味がなさそうなのであった。
「……私、ちょっと煙草吸ってくるわ」
「おう行ってらっしゃい。……って、そんなもん吸ってんのかあんた」
凛太郎が驚いて声を上げるが、ナンシーは振り返る事無く片手だけ持ち上げて返事した。
「――神父さま」
それまで俯いて祈りを捧げていた男性が顔を持ち上げた。