中盤戦


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04-1.ボクのゾンビライフ



――ああ、頭が痛い……

 僕は社会人六年目に突入する、しがない会社員だ。三年前に、付き合っていた彼女が妊娠したのでそのまま結婚に至り、何とかしてマイホームを購入し、現在は子ども一人を抱えながらローンを返済しつつ少ない給料でやりくりしている。妻も育児休暇を終えてすぐにバイトやパートとして働いてはいるもののあれこれ出費が激しいようである。

「もう少し給料上がってくれたら楽になるんだけどなあ、せめてもうあと二万くらい増えないのかな……ねえ、かっちゃんのお小遣いあと五千円減らしてもいい?」
「…………」

 酒。煙草。風俗。ギャンブル。
 どれもそこまでどっぷりと浸かるほどやっているわけではないが、まあ趣味の息抜き程度にたまにやったりもする(えっ、風俗は最低だって? しかし妻が僕の相手をするのが嫌だと言うんだからしょうがないじゃないか)。けど、そのどれも相応に金がかかるので妻に睨まれるたびに勤務内容にそぐわない安月給の僕は少しずつ自分の娯楽を減らしてきた。

 時々、それを愚痴りたくて愚痴りたくてそれとなく妻にぼやいてみたらば妻はすぐさま泣き顔に変わって言うのだった。

「私だって耐えてるのに!」

 ああ、せめて仕事辞めたいなぁ。

 毎日毎日嫌な上司や客先に頭下げて周ってさぁ。僕、営業向きじゃないんだよ。いわゆるコミュ力ってのが備わってないんだ。同期のあいつやそいつは、何であんなに人前で臆せずにペラペラと喋ってきびきびと動けるんだろう。周りはみんな出世して既に管理職ポストに収まっている奴もいるってのに僕だけは――僕だけは――、

 気が重いままにむっくりとベッドから起き上がる。やっぱり身体はだるい。指先一つとして動かすのがしんどい。しんどいです。
 熱っぽい身体を何とかして動かして、昨夜の気だるさそのままにベッドから降りる。寝ても寝ても辛さが取れない。僕はのろのろと立ち上がり、とにかく歩く、歩く、歩く。

――会社に行かなきゃ。会社に行かなくちゃ……

 今日こそはノルマを達成しなくては。ボーナスに響く。ぞ。そうなると、ああ、また妻がヒステリックになってしまう。そうなると、可愛い娘(リコちゃん)が過敏に反応して泣き出してしまい、それを聞いた妻は更に苛立っていわゆる火に油を注ぐ、というやつで、益々怒り出して。しまう。

――会社に行かないと。会社に。会社に……

「かっちゃん? 起きたの?」

 妻の声に覆い被さるようにして、リコちゃんの泣き声がする。ヨークシャテリアのマロンがきゃんきゃんと僕に向かって吠える。犬! 僕は昔から犬というか動物系全般が嫌いで、というか、あんなもの愛玩動物じゃなくて畜生だ。

「ちょっと、どこに行くの? 着替えもせずに」

 着替えもせずに、僕はどこへ行くと言うんだか。着替え! そうだ、僕はパジャマのままだった。そのまま出社なんてしたらまたお怒り!だ。怒り怒られの人生、社会人のつらいところ。

「かっちゃん、どうしたの? 体調悪いのなら休めば……かっちゃん?」

 休んでなんかいられるか、休んだらまた嫌味を言われるじゃないか。嫌味。嫌な上司。嫌いだ。むかつく。笑顔! 定時。サービス残業。九時までに出なくちゃ。オーバーワーク! 経営理念! 外に出るなり、向かい近所のおばちゃんが花に水をやっていて、僕に挨拶をしようと振り返ったその瞬間に硬直した。ひどい話だ。そんなに僕の顔は疲れ切っているのかな? 声を詰まらせたおばちゃんに挨拶をして、僕は更に歩き続けると犬の散歩中のお姉さんが向こうから歩いてくる。犬! 嫌いだ。大嫌いだ。やっぱり犬は僕に向かってキャンキャンとやかましく、吠え、僕は噛みついてやろうかとかんがえる。……噛みつく? 何でそうなる。ああ、頭がいたい。身体が重い。それに無性に腹が減るし喉も乾いてしょうがない。僕は引きずるように動き、それでも前へ進む進む進――

「あ〜〜〜!! ぞ、ゾンビだーーーッ」

 近所に住むうるさいガキどもだった。この悪ガキどもは厄介者として有名でやんちゃすぎるあまり学童も退所処分されてしまったくらいの問題児。そんなガキどもに何か言われてさして気にはならないけど、でも石を投げつけてくるなんてちょっとひどいと思う。

「うわぁああ!?」
「しゃ、社畜ゾンビだ〜〜〜!」

 しゃちく。聞いたことのある言葉だ、確か僕のように会社の歯車になっているような人物の事をバカにしていう言葉のはずだ。働いている人間をバカにするなんて、そんな風潮あってはならないと、思うんだけど。気のせいなのか何だか口のしまりが悪い、気づくとぼーっと口を開いてしまい、歯医者さんで麻酔でもかけられたかのように口元からは涎がぼとぼとと落ちてきて……。

「……動くなァアッ!」

 僕の進行方向に立ちふさがったのは……、誰もがよく知る制服姿の公務員。そう、警察官だった。警察官はその重さ二キロのリボルバー銃をこっちに向けて、ただでさえ時間のない僕に動くなと言い放つ。ひどい。僕は会社にいかなくちゃいけないんだよ。九時までに事務作業をおえて、外回りに行かないと、だめなんだ。

「おい、お前! 俺の言っていることが分かるか? 分かるなら今すぐ病院に……」

 びょういん? 僕はどこも悪くないぞ。そんなところいっているひまなんてないし。僕は構わず進み、銃口を向ける警察官を素通りしようとしたのだった。

「う、動くなと言ってるだろう! 撃つぞ!」

 撃つ? どして。僕が何をしたってんだ。ちくしょうめ。僕は会社に行きたいだけなのにそこをどけ、この公僕め。ああ、怒っていたら何だかお腹がすいてきた、そうだ、慌てて家お出たから朝食を食べていない。だから腹が減るんだ。僕は吸い寄せられるように、その警察官に、いいや、食事、にしがみついて、そしてたべてしまいました。

「きゃああああああああ!!!」
「や、やっぱゾンビだったんだぁあああ!」
「お巡りさんが齧られたよぉ〜!」

――ああ。美味しい……

 口の中にあるそのお肉を咀嚼して、生血ってこんなに甘くておいしかったんだ! と僕はしばしその味を楽しんだ。首筋から血を吹き出しているエサにもう一度齧りついた。

「け、警察と消防に電話して〜!」
「もうやってるけど繋がらないんだよぉお、どうなってやがんだよ一体!」
「げぇっ、腕を引き千切った! も、もう助からないよあのお巡りさん!」

 あちこちから悲鳴が上がり始めたけど、ぜんぜん気にならなかった。僕は今、それよりももっと大切な事をしているから。ああ……、この美味しさをみんなにも教えてあげなくちゃ。ねえ、みんなもこっちに来なよ。美味しいご飯がいっぱいだよ。それにしてもぼくはどうなってしまうんだろ、もうどうでもよいけど





このゾンビ視点からの話って書きたかったけど
今一つ狂気が足りないな〜という反省!
もっとゾンビ側からの恐怖も書きたかったな。
武器持った人間に虐げられるという恐怖ですよ。
ゾンビになりかけの人が一番怖いよな。
ゾンビになってしまえば恐怖心はなくなりそうだけど。
サイレンの屍人たちには世界が素晴らしいものに
見えていて、それを伝えようとして襲い掛かってくるんだっけ。



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