10-1.英雄達の帰還
ゾンビによるアウトブレイク発生――ニュースはたちまち世界を震撼させた。海外においても、その事件は全面的に報じられていた。被害者の治療、遺体の埋葬、全てにおいて遅れが出ているという凄惨きわまる状況。
救急車や燃料・物資の不足は無常にも対応の遅れに更なる拍車をかけてゆく――WHOは昨日づけで、この未知なるウイルスへの処理・対応をまとめたロードマップを公表した。米国でも感染者が僅か一週間足らずでおよそ三万人を上回る恐れを指摘したという……。このままいけば世界の人工の約半分がゾンビになる日はそう遠くは無い、との見込みである。
今はよその国の事と言えども、すぐにでもその恐慌は世界全土を絶望のどん底へと叩き落すであろう。恐怖ははっきりくっきりと世界各地に、そういった形でも既に蔓延しているようであった。
号外として配られたニュースペーパーを見つめながら、この辺りはまだゾンビによる被害は深刻ではなさそうだな……と、思う。
「――どう思う?」
「えっ?」
英字のニュースペーパーを畳みながら問い掛けるが同行者はとても危機感の足りなさそうな返事をよこしてくるだけだった。半ば呆れつつも再度の問いかけを試みる、が。
「だから、今回のこのゾンビ発生……」
「あー! 兄上〜っ、見てくださいよぉお! あれがスカイツリーなんですね! わーっ。見てみたかったんだぁー」
見た目が少しばかり成長したかに思えたのも束の間、中身はやはり年相応の女の子である。デコられた青色のデジタルトイカメラを片手に、パシャパシャと東京の空やら景色を映してはしゃぎまわる姿は状況が状況でなければ微笑ましい、と思えるのだけども。
ちなみにだが、本人はあまり口にしないが実際にはもっと友達と遊んだり恋愛ごとを楽しんだり学校行事に熱心になったり――ごく普通の女の子のような事もしたいのかもしれないな、なんてその横顔を見つめつつ思った。
が、すぐにその物思いから引き戻されたかのように彼――、そう、九十九ヒロシは眼鏡のブリッジに当たる部分を人差し指でちょいと持ち上げた。今は観光を楽しんでいる時間は無いのだ、ヒロシは傍らの妹・まりあへ向き直った。
「まりあ、久しぶりの日本で浮かれているのも分かるのだが……。先に片付けてしまわなくてはいけない事があるだろう」
ヒロシの言葉にまりあがちょっとばかり残念そうな顔をした。
「あ。はーい。そうでしたっ!」
それでもまりあは努めて明るい調子で言い、肩を竦めていたずらっぽく笑って見せた。そんな妹の事を少しばかり意地らしいなんて思いながら今まで抱く事は無かったその感情に少し戸惑いもした。
まりあは帰国してからすぐに、その金色の長かった髪をばっさりと切ってしまった。曰く、「踏ん切りをつけるため」とのことらしいのだが一体何とその踏ん切りをつけたかったのかは話してはくれなかった。
女性の髪形に関しては疎いのでヒロシにはよく分からないが、前下がりのボブカットとの事だった。が、結局すぐに伸びてきてしまったらしく今はその髪の毛を緩いお下げにしてある。二つ結びは幼く見えるからもう卒業した、との事であったがその真っ直ぐめに切りそろえられた前髪のせいで結局またあどけない感じがする。
「でも! 何だかこうやって兄上と一緒に歩くのって久しぶりですよねー」
まりあが小首を傾げながら愛らしく微笑んだ。顔だけ見れば彼女はアイドル顔負けの美少女、だと思う。さながら萌えアニメから飛び出してきたかのようなツンデレ美少女、といった感じだがヒロシにはその例えは思い浮かばないので、まあともかくとしておいてだ。
ヒロシの贔屓目もあったのかもしれないが特別愛くるしく、それでいて少しだけ大人びたものに、彼の目には映ったのだった。
「えへへっ!」
が、すぐに破顔させて、いつものように子どもっぽく笑ったのでヒロシも安堵してしまった。
「な、何だ一体……」
まりあが甘えるような調子を出しつつ、ヒロシの手を取った。腕を組みながらまりあはころころと笑って見せた。
「だって嬉しいんですもん! たまには兄妹水入らずでこんなのもいいんじゃないかな〜、って思って!」
こんなのどかな会話を楽しんでいる場合ではないのだが――何だか無闇に平和になったような気がしてヒロシは注意するのも忘れてしまった……。
まあ、改まったようにヒロシは都心の空を見上げる。久しく踏んでいなかった東京の地へと再び戻ってくる事となったのであった。
一年前の悪夢を終わらせた英雄、ここに帰還、である。
前作ほぼ主人公復活!
ってなところで、第四章はおしまいです。
いいところですな。
次もすぐに出ます、ふふふ。