17-1.冷たい腕と冷たい心
地下室から出たが、長時間魔力の空間に放置されていた余韻なのかまだ少し身体がふらついている。おぼつかない足元のままに一同が地上の世界へと戻ってゆくのだが。
「うーッ……ワケわかめだ、結局よくわかんねえ事ばかりだ」
負けを認めたように呟いてから、凛太郎が前髪をぐしゃぐしゃと掻きむしった。
「世の中には理屈じゃ説明しきれない事がごろごろあるって事だね。ほら、死体が動き回るのとおんなじで」
肩を竦めながらミミューが言う。それでようやく、忘れかけていた本来の目的を思い出した。
「そうだよ、俺達にゃまだやることがたっくさんだぜ」
創介が凛太郎に肩をかしてもらいつつ歩いていると、窓の外を見れば昨日までの霧と雨はどこへやらすっかり朝日が昇っていてそれまでの鬱屈とした気候などどこにもない――だが、地上には今も死者たちがうようよ歩きまわってるのを忘れてはならない。
「よし、みんな準備したらすぐ出発だよ」
ミミューの呼びかけにみんな同意したらしい。創介はふと何気なく、自分の後ろを歩くセラを振り返る。
「あ、そういえばさ。ワケわからんといえば、だよ。セラも言ってたけど俺があの部屋にいるとき、何故かセラの声がどこからともなく聞こえたんだけど。しかも俺にだけ。何でかな?」
「……それは僕も不思議だったんだよ、何でお前が真っ先に気付けたんだろうな? ちなみにどんな風に聞こえた? 僕の声」
「いや、ハッキリとは聞き取れなくて……でもまあ只、何となくセラの声なのかなあってなくらいに。雰囲気的に誰かを呼んでるっぽい感じでさ」
「何それ」
そういえば大声を出した覚えはあまりないが、創介の声が聞こえてそれに返答くらいならばしただろう。セラはそれでふと思い出したよう、モッズコートのポケットに手を入れた。あのスマートフォンは今も変わらずそこにあったのだが、もうウンともスンとも言わない単なる鉄くずと化してしまっている。
単に充電が切れただけではなく、もう壊れきっているようで完全なスクラップとなっているようだ。よくあそこまで動いてくれたな、と思うがそれもこれも魔術が影響したお陰なのか。
「でも、一番の謎はアレだなやっぱ」
「ん?」
凛太郎の声に創介とセラが視線を上げた。
「邪神だよ! 何で召還出来なかったんだろうな。そういやアンタ、言ってたよな。あのくそジジイに向かって『無理だ!』って。あれ、何で?」
「それは……」
セラはそれでちょっと視線を落とす。階段を上る自分の足を見つめてから、セラがややあってから顔を再度持ち上げる。
「特に理由なんかないよ」
「ええーーー!?」
引っ張ってそれかよ、と凛太郎が納得いかなそうに呻いたのだった。――が、セラには分かっていた。邪神の呼び出しは成功していたのだ。自分が暗闇で出会ったあいつこそが恐らく――、思い出すだけでもぞっとしてセラは目を瞑る。
そして何故、現れていた筈のシュブ=ニグラスがあの場に姿を見せなかったのか。残る疑問はそこだが、答えは知りたくもなかった。ロジャーなら何か分かるかもしれないが、生憎もうあのスマートフォンは動いてはくれなさそうだし。
まあいいか、とセラは目の前に伸びる残りの階段を上りきるのであった……。