ナイトメア・シティ | ナノ


▼ 08-4.ジャスティス・イズ・バイオレンス


 耳を劈くようなすさまじい轟音が響いたかと思うと電話は突然ブチンと切れた。

「どうされましたか、ジークフリード様……?」
「や・ら・れ・たァア……」

 携帯を握りしめながらジークフリードはわなわなとその大柄な体を小刻みに震わせている。握り拳を壁に叩き付けるとその壁が容易くへこんだ。

「田所が死んだ。くそ……!」

 更に強く握りしめた携帯が今にもへし折れそうだ。ミシミシとその機体が今にも砕け散らんばかりに唸っている。

「ジ、ジークフリード様どうか冷静に……」

 部下がたしなめるも、ジークフリードはいよいよ荒れ狂う感情を抑えこめなかったかのように傍にあったステンレス製の戸棚をぶん殴った。かなりの硬度を誇るといわれるステンレス、それを素手でぶん殴るなどと拳が骨折しそうなものだ――と、チラリと殴られた棚を見れば見事にへこんでいた。

 そして当のジークフリード本人はと言えば、痛いのもあるもかもしれないがそれよりこみ上げてくる怒りによってそれも忘れているようであった。

「かはっ……はぁー……そ、それもそうだな。ふふふ、そうだ――まあいい。あやつは元々、好いとらんかった。隙あらば俺の寝首を掻っ切ろうと常に機会を窺っている様な、そういうイヤーな、女の腐ったような性根の悪い奴だったからな。邪魔者がいなくなったんだな……よしよし、結果論としてコレで良かったんだ」

 自らを納得させるように言うとジークフリードは一人でうんうんと頷いた。そうしてから気を落ち着けるように深く息を吐いて、後からやってきた痛みに顔をしかめつつ拳にフーフーと息を吐きかけていた。それからジークフリードはいつもの不敵な笑みを取り戻し、そっと背後を見やった。

「ふっふ……。まあ流石と言いましょうか、かつての師だけあって多少は手こずりましたが……寄る年波には勝てなかったという事、でしょうか。――くく、その老体でここまでよくやれたもんだと褒めてあげたい程ですよ」

 ちら、と横目で見やった先に転がるのは無数の頭部を失った遺体。血飛沫。全てジークフリードの部下達であったが、それらを全て退けたのはたった一人の……それも年齢にしてみれば自分よりも上の、中々にいい年齢の人間であった。

 その人間の事を、たった今ジークフリードは褒め称えたわけだが、まぁ……とジークフリードはその人物に目をやった。鮮血の滲んだ横腹に手をやりつつ押さえながら、壁を背にして浅く呼吸を繰り返すのは――。

「ジークフリード様、とどめは刺さなくても?」
「いい。この出血じゃあ、長くは持たん。今こうして意識を保っていられるので精いっぱいさ。……ね? 教官ン〜!」
「……た、竹垣、ぃ」

 その老紳士は――アーサーは、着実に、死の奈落へと少しずつ滑り落ちて行く過程の意識の最中でかつての教え子の、その顔を見た。

 ジークフリードも分かっていた、一対一でアーサーに挑めば例え相手がほぼ高齢に近いと言えど勝てるかどうか分からなかった。だからこその、この数での制圧であった。多勢に無勢をいいことに次々と繰り出される刃や銃火器に、アーサー一人では全てを裁き切れずに無残にもその身体は致命傷を負った。
 
 だが現役をとうに引退したもののアーサーの技は衰える事を知らず、この短時間にしてほとんどの部下がこの有様だ。やはり自分一人で挑むのは間違いだったようだ、この案は正解であったと改めてジークフリードは辺りに散らばる『捨て駒』達の残骸を見渡して感心するのと同時にぞっとするのを覚える。

「ですが、かつては鬼教官等と揶揄された貴方もこうなってはそりゃあもう惨めなもの。……昔はあんなにも輝いていて、私には遠く手の届かぬ存在のように思えていた。なのに、今はどうだ? みすぼらしく、そして薄汚いボロキレのようにしか見えないだなんて……」
「竹垣……っ! 駄目だ、あの書物を――ネクロノミコンを手にするのは……う、ごほっ」
「おんやっ。まだそこまで舌が回るとは大したもんだー。……くくく、データは全て回収したな。それと武器も根こそぎ持って行け」

 ジークフリードが残る部下たちに指示を促している。アーサーを見下ろしながらジークフリードはにたっと笑った。

「貴方が自らの命より大切にしているあの小僧も、さっきは失敗しましたが……」
「貴様……ぁ」
「――最後に。私は貴方のその強さに心底惚れこんでいましたよ……すごくすごーく、好きでした。男として、一人の人間として、ね。だからこそ奪いたくて仕方が無かった。貴方から全てを……」
「……っ」
「おーっと、喋りすぎは良くない。今に世界の支配者にとって代わるわたくしの姿をお披露目出来ないのは残念ですがまあ良い。おい、とっとと回収しろ。チンタラやってねぇで行くぞ」

――死にゆく自分の運命を悟りながらも、アーサーはそれでも祈るばかりであった。静かに神に祈りを捧げるようにして、アーサーは只ひたすらに願う。それは死を恐れて、そうしたわけではなかった。この全身に焼けた杭でも突き刺されるかのような苦痛の瞬間にさえアーサーの願いはそれ一つだった。



 ヒロシの、そしてまりあの――愛する息子と娘の無事。そして、その後の幸福な人生ばかりであった。




多分、みんな大体予想ついてたと思うんだ


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