#8-4


 畑と出島はジュースを啜ったり、氷を齧ったりして、まるで居心地の悪い空間と必死に戦っているような印象であった。そして極力顔を上げず、まるで他人ごとでも装おうと必死になっているようにも見えた。

「櫻子のお父さんが死んだってのは、知ってるよね。当然だよね。記者だもんね」
「……ええ。優位園地の階段から転げ落ちたとか、何とか」
「不謹慎だけどちょっとウケるよね」

 そう言ってすみれは隣にいた出島に同意を求めたが、出島の顔は沈んだままで無理強いした笑顔だけを落としていた。畑も畑でどこか忙しなさそうに辺りをきょろきょろと見渡しているのは気のせいなのだろうか?――由里は構わず、すみれにだけ質問を繰り返す。

「お父様が亡くなられたのはご存知でしたよ。確か遊園地の階段から滑り落ちて――首の骨がずれ、ずれた筋肉からは皮膚と血液と骨が――」
「もうやめて!!」

 すみれの右に腰かけていた出島がテーブルを叩きつけ起き上がるや否や、まるで悪い夢でも見ているかのように、そしてそれを振り切るようにしてバッグを持って走り出してしまった。ウェイトレスの驚いた顔や客たちの視線が突き刺さったが出島にとっては恐怖の思い出でしかないのかもしれない――で、だ。

 その出島が泣いて逃げ出すほどのトラウマとは何なのか、に、話は戻る。由里が一番話してくれそうなすみれに事情を尋ねると、気の強そうなすみれでさえ少し震えを纏わせているのが分かった。隣にいる畑に至っては完全に顔を伏せ、黙秘しているようだった。泣いているのかもしれない。

 意外にもぽつぽつと話し始めたのは畑の方であった。

「……櫻子は、」

 畑の声にかすかに震えが混ざる、

「お父さんの棺、あるでしょ、えっと、棺桶?――焼香の時、死体の、お父さんに、キス、してたの……う、ううん、そういう変なのじゃないと思う、只なんか……不気味、としか……」

 次第に小声になっていく畑だったが、事実、由里も全身を戦慄が走り抜けるのが分かった。それまで顔を伏せ気味に話していた畑が顔を上げると、さらに補足事項を寄せた。

「あ、あ、あれは……『家族』としてのキスだって、言ってた。お母さんが赤ちゃんにするのと同じで。それのどこがおかしいの、って、櫻子は言ってた……あの笑顔で、怒る事もなく――」
「……なるほど……」

 やはり。と由里は彼女の異常性に目を付けた事は間違いなかったのだと思った。残りの写真には男子生徒(うんと年上の由里の目から見ても中々に美形だ)と映る櫻子、一瞬彼氏なのかと問いただしたら、そうではなく男の方が櫻子にフラれて以来半ばストーカーじみた行動に出ているとか。

 ほかの写真も似たような――いや。一枚だけは違った。かの『ルチアーノ・ファミリー』で、うっすらと微笑む彼女の姿であった――。

 由里は福沢の言っていた話を思い出し、その不気味なくらいに整った少女――櫻子の写真にしばし吸い込まれるようにして見つめていた。

「そ……それ以上の事はあたし知らないから……話せることは全部話したし、それとここで私と貴方が話し合ってた事も秘密にして」
「……大丈夫よ、他言はしないわ。さっきまで逃げた子もそう」
「お願いねー、記者サン。これ、記事になるの? 風俗レポ? だったらてきとーに書いておいてよ」

 畑の声音は最後まで震えていたものの、すみれの方はあまり動じていないようだ。ちゃっかり残されてあったポテトを平らげさっさとその場を後にしてしまった。当然支払いは由里が済ませ、走りにくそうなヒールで何かから逃れるようにすみれは人込みに消えていった……。



「アンタ…おいらのことが見えるのかい!?」
(私的人生で一度は使ってみたい言葉)



prev next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -