1章


革命が収束してから5年もの時間が流れた。
今日も国は同じような時間を進んでいる。
国の上層部や大企業の社長が参加する煌びやかなパーティもその一つ。
毎月行われ、報告会という名目となっているこのパーティ。
だが、それであればこんなに豪勢なパーティを開く必要はない。
結局、己の欲のために行われているのだ。
そんな無意味なパーティにジエンは心底飽き飽きしていた。
来月には彼女の誕生日も控えている。
未来の主導者の誕生日。
毎年盛大なパーティが開かれる。
ジエンにとってはこの上ない苦痛だ。
このパーティも、自分の地位も。
深いため息をゆっくりと吐き出し、天井を見る。

「ジエン様、如何なさったのですか?」

ジエンにとって今一番聞きたくない、いや出来ればずっと関わりたくない人物の声が背後からした。
ちらりと横を見れば予想通りの人物がいた。
上品な生地で仕立てた黒のスーツは彼によく似合っている。
紺の眼鏡の奥にある目はジエンと同じ色。
物腰が柔らかで、上品な口調の優男は柔らかい笑みを浮かべている。
彼はこの国のトップ、東雲一族の右腕である夕鴉一族の当主。
名前はヒョウ。
ジエンの許嫁で、この国の重要な役職についている。
それだけ彼は優秀で周りからの信頼も厚いのだ。
少し疲れた顔を隠すかのように笑顔を取り繕って、ヒョウの方向へと向く。

「いいえ、何でもありませんわ。ヒョウ様はパーティに戻られたらどうでしょうか。」
「世間話が好きなマダムたちの相手よりも、私はジエン様とお話をしていた方が楽しいのですよ。」

ジエンは内心でため息を吐いた。
彼はなかなか面倒な人間だ。
表向きは穏やかな笑みを浮かべているが、内心何を考えているのかさっぱりわからない。
そして、何を話ていても結局は言いくるめられてしまう。
ヒョウが彼女に口論で負けた事など無いのだ。
最も、ヒョウが負けるところをジエンは一度も目にした事がないのだが。

「私はヒョウ様のように知識があるわけでは無いので、私なんかと話していては貴重な時間が勿体無いですわ。」

なんとかこの状況を打破しようと焦っている内心を悟られないように微笑み、少し後ろへと下がる。
もし悟られてしまえば彼の事だ、更に執拗に話しかけてくるだろう。
それでは、とヒョウの元を去ろうとしたが腕を引かれ先ほどよりも距離が近くなる。
現状は最初よりも悪くなってしまった。

「まだいいでしょう?それともジエン様は私の事が嫌いですか。」

断言したような口調。
確かに好意を持っているわけではないのだが、嫌いではない。
苦手という言葉が綺麗に当てはまる。
どこまでもお人好しで人を嫌いになれないジエン。
そんな彼女が苦手なんて思う人はこの世で二桁もいるのだろうか。
それだけ、ジエンは彼の事をあまり好んではいない。
逃げたくても腕は掴まれており、言葉を発したところで離してくれるような人では無い。
絶体絶命。
このまま、パーティが終わるまで大人しく彼に付き合うしか無いのかもしれない。
ジエンは心の中でそっと、ため息を吐く。
降伏しようとしていたその時。

「ジエンお姉ちゃん!」

背中にかかる心地い重みと香る独特な薬品の匂い。
ジエンに後ろから抱きついたミナモはその位置のまま、ヒョウを睨んだ。
彼女の登場に驚いたヒョウは心の中で舌打ちをしていたが、表向きは変わらず相変わらず笑顔。
面白くないのはヒョウだけではなくミナモも一緒で、少しも表情を変えない彼に対して眉をしかめた。
一方、ジエンは彼女が来てくれた事に安堵をしながら、この無言の攻防に意味も分からず一人あたふたする話目になる。
端から見たらなんとも変な集団だ。
しかし、東雲の孫娘や夕鴉の当主がいる事で権力の圧力により誰一人として話題にはしない。

「ねぇ、お姉ちゃん。ヒョウさんより私と遊びましょ?」

そのままの体勢で少し大きい彼女を見上げるのだ。
必然的に上目遣いになり、ただでさえミナモに弱いジエンが断れる訳がない。
元々、彼女はこの状況を抜け出したかったのだ。
おねだりが来なくても一緒にこの場を離れただろう。

「あ、あの。ヒョウ様・・・、失礼しますね・・・?」
「名残おしいですが、ミナモ嬢がああ言っているのであれば仕方がないですね。では、ジエン様また後で。」
「えぇ、では失礼します。」

軽く会釈をすると、ミナモに手を引かれジエンは奥へと消えていった。
その後を追うかのようにして、白髪の髪が揺れる。
ヒョウはその姿をしっかりと見つけていた。
ベニカゲも彼の視線には気がついていたので、軽く会釈をしてその場を離れた。
彼もまた、ヒョウとはあまり関わりたくはないと思っている。
ジエンの警護の事もあり、会釈を済ませたら早々に去っていく。
ジエンにはミナモがついているので、側に行って話し相手になる必要はないが警護は緩められない。
先に行ってしまった二人を追うべく、少し急ごうとした矢先とある人物が彼の目の前に現れる。

「一応アザミが護衛にはついてるよ。」
「すまない。」
「アンタの為じゃなくてジエン様達の為。感謝される筋合いはないわ。」

ジエン、ミナモ、ベニカゲの幼馴染であるクロユリ。
そしてその弟であるアザミ。
彼女達もベニカゲと似たような立ち位置だ。
手が隠れるほど長い袖を弄りながら彼女はベニカゲの方を見る。

「アタシ達の出番、ミナモに取られたわね。」

先ほどの事を言っているのであろう。
言葉の割には微塵も悔しがるそぶりは見せず、逆にあれでよかったと納得しているような雰囲気だ。
ベニカゲも何も言わない事から彼もあれでよかったと思っているようだ。
ジエンの従者のベニカゲ。
しかし、所詮は暗殺者だ。
それはクロユリやアザミも同じで、本来ならばこのような表舞台に出てはいけない種類の人間。
だからだろうか、あまり表舞台へ出たがらない。
こういったパーティーに参加する権利を有していても、使う事はない。
パーティーの参加権を暗殺者の中で使うのは、彼等が知っている限りでヒョウの従者のミエイのみ。
そんな彼女も滅多な事がない限り、表にはでてこない。

「・・・アザミがいるから大丈夫だと思うが、ジエン様の元へと行ってくる。」
「まぁ、それがアンタの役目だしね。」

それだけ言うとクロユリは長い袖を揺らしながらどこかへと消えた。
彼女は主を持たない。
それに加えてこの会場には参加者のSSを始めボディガードや警備員などが沢山いる。
勿論、MMFことチルドレンがここの管理もしている。
国の中でも最強の警備を誇るここに彼女は不必要だった。
大方この建物の他の部屋にでも待機するつもりだろう。
クロユリが何をするかなんて微塵も興味のないベニカゲはさっさと主の元へと歩みを進めた。



大きなパーティー会場と比例しているかのように大きさと数がある休憩場。
二人で使うにはとても広いのだが、国の最高権力者の孫娘であるジエンや大企業の社長令嬢であるミナモにとっては大して気にもならない大きさだ。
たわいもない話をして、笑ったり驚いたりする二人の姿はまるで姉妹。
仲良さげな二人を、興味もなさそうにアザミは見ていた。
如何なる時でも警戒を怠るな。
そう訓練をされてきたアザミは直ぐにベニカゲの存在に気がついた。
少しぐらいなら大丈夫だろうと、二人から目を離し外へと出る。
案の定、そこにはベニカゲが立っていた。

「悪趣味。」

ドアにもたれかかり、ベニカゲが入れないようにする。
冷え冷えした声を持つアザミの姿に彼は少しだけ顔をしかめた。
けれども、アザミからは相変わらずの無表情にしか見えない。
面白くなさそうにため息を吐き出した。
そして察しが悪い彼にもわかるようにもう一度言うのだ。

「気配と物音消して歩くなんて悪趣味だ。」
「・・・癖だ。お前もそうだろ?」
「あいにく、僕はベニカゲと違って器用だからねぇ。」

暗殺者たちは皆、気配を消す技術と物音を消す技術を習得している。
でなければ仕事にならないから。
極稀に、才能がなく習得出来ない者や “あえて”やらない者もいる。
それらのほぼゼロに等しい可能性を除けば、出来て当たり前なのだ。
そして、大半の人間が場合によって使い分けるという器用な事をする。
しかし、ベニカゲは不器用だった。
暗殺の腕だけは天才と呼ばれる彼だったが、場合によって使い分けるなどという事が壊滅的に出来ない。
ベニカゲは何時も音を殺し、気配をも殺して歩く。
何時になっても、何時まででも癖で存在を消す。
それが当たり前で、普通の事だった。

「“天才”・・・そう呼ばれるアンタの事だ。僕なんていらないだろ?」

聞いてはいるが、これ以上は手伝わない・・・そうハッキリとした意思を一方的に投げつけ、アザミはドアの前から退く。
入れ。
そう目線だけで伝えると、ベニカゲは少し彼の事を見て部屋へと入っていった。
やはり気配と音を殺したまま。
不器用な彼にアザミは冷ややかな目線を送るのだった。
部屋に入ればドアの方を向いていたジエンが彼の存在に直ぐに気がつく。
にっこりと微笑み、手招きをした。
それに大人しく従うベニカゲ。
そして、背後に来られてようやく彼の存在認識が出来るようになるミナモ。

「ちょっとー。ベニカゲ!急に背後に来ないでよー。驚くじゃない。」

そう言う彼女の手にはドレスに似合わない骨切り鋏と試験管に入った液体。
ミナモが持っているという事は九割の確率で、劇薬だ。
しかも、世の中の学者が持っているような劇薬は彼女には生温く、更に危険な物ばかり所持しているというから末恐ろしい。
見た目は可愛いが、彼女と関わっていたら命が幾つあっても足りない。
例え、それがベニカゲだとしてもだ。

「・・・それは何処から出したんだ。」
「もちろんここよ。」

ふわふわな淡いパステルカラーのシフォンドレス。
その裾を彼女は持ち上げた。
否、持ち上げようとしてジエンに阻止された。

「み、ミナモ!駄目だよ!一応ベニカゲだって男性なんだから!」
「ジエンお姉ちゃん、ベニカゲがこんな事で動じる人間だと思ってるのかしら?」
「だからってねぇ・・・・。」

ちらりとベニカゲを盗み見るが、表情は全く変わっていない。
興味がない、そんな感じだ。
ね?とでも言うように微笑んだミナモを見て、彼女はそっとため息を吐く。
スカートの裾から手を離すと、少しシワになっていた。
元々シワになりやすい生地で出来ているそれは、少し力を加えただけで直ぐ跡になって残る。
お転婆なミナモにとっては扱いづらいドレス。
いくらシワになろうが、彼女の付き人は気にしないだろう。
シワになって帰ってくるのが前提なのだから。
その後しばらくの間、話題がなく無言の状態が続いた。
ミナモは鋏をいじり、蛍光灯の光にかざしたりしている。
ベニカゲは何時も通り。
無表情のまま、何かをする事もなく淡々と自分の役割を果たす。
ここにいて居心地が悪いと少しでも感じているのはジエンだけだ。
普段ならどうってことないこの間。
けれども、今は居心地が悪く感じられた。

「ジエン様、どうかしたのですか?」

目があちらこちらに彷徨い、瞬きの回数も不自然なまでに多い。
何もないと思う方が可笑しい。
そんなジエンに気がつき、声をかけるベニカゲ。
そんな何気ない動きにも、彼女は大げさに反応した。
そうして向けられる二つの目。
ジエンは穴があったら入りたい衝動に駆られた。

「あ、あのね、二人は何時までも私の味方でいてくれる・・・?」

何の脈絡もない問いかけに二人は疑問を持たなかった。
けれども返答に迷ったのか、少しの間静寂が流れる。
まさかこうなるとは思わなかったジエンは直ぐに言葉を撤回しようとした。
言葉を口にするよりも先に、口を開いたのは意外な人物だった。

「ジエン様、俺は貴女以外に仕えるつもりはありません。俺は一生、貴女の物。貴女の味方です。」

普段自分の意見を主張する事のないベニカゲ。
そんな彼がここまでハッキリと素直に意見を述べるなんて、付き合いの長いジエンですら数得る程しかない。
唖然とする彼女に隣からも声がかかった。
声の主、ミナモは微笑みながら言う。まるでジエンを落ち着かせようとしているようだ。
呼ばれ、振り向けばミナモがジエンの手を取り握る。
両方の手を自分より小さな手に包まれて、ジエンは思わず目線を下にする。
するとまた名前が呼ばれ、上を向くように促される。

「ジエンお姉ちゃん。あのね、お姉ちゃんが何をしたいかわからないけどきっと私は賛成すると思うの。100%味方になるっていう確証はないけど、お姉ちゃんは悪い事をする筈がない。例えしたとしても必ず理由がある筈。だから私はジエンお姉ちゃんの敵にはならないわ。」

二人とも偽った事を言っていない。
それはジエンにも伝わったようで、熱を帯びた雫が一粒落ちた。
一粒落ちれば後は重力のままに。
このメンバーで恥ずべき事でも隠す事でもないのに、ジエンは下を向く。
流れる涙はドレスのスカートにシミを残し、ミナモの手の甲を滑る。
涙が一粒、また一粒と落ちる度にジエンの心が軽くなっていった。
そして、誓うのだ。
あやふやで迷っていた革命を必ず成し遂げると。
自分がこの国の独裁政治を、自由が制限され一部の人間にしか有利に働かない流れを断ち切ると。

「ありがとう二人とも。私、決めたよ。」





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