序章


全てを否定し、腐りきった未来の仮想日本。ここでは仮にトウゲツキョウとしよう。
そのトウゲツキョウの空は人々の心を表したかのように灰色。
その空ですら高層ビル達が覆い隠してしまって、ほとんど見えない。
灰色の中に不自然に生える木々達は痩せ細っており、有機物なのに無機物のように見えてしまう。
街行く人々は無表情で携帯と睨めっこ。
誰一人として自分以外の他人を見ていない。
人々の生活は法律で厳しく決められ、違反者がいないか国の上層部が目を光らせている。
もし、法律を破ったらどうなるかを人々は知らない。
知っている人物も極わずかにいるが、何も知らずにただ従っている人間の方が多い。
そう教育されたから。
小さいうちから反逆者になりうる全ての可能性は潰されてきた。
夢も希望も見当たらない重々しい雰囲気。
それが未来。
不満が無いと言ったら嘘になるだろう。
けれど、彼等には不満など言う資格が無い。
一言でも不満を漏らすと、この国を監視し全てのデータを管理しているマザーコンピュータに見つかり、国の上層部に知れ渡ってしまう。
それ故に革命なんて事は今まで起こらなかった。
しかし遂に起こったのだ。
その十代と二十代前半の少年少女だけで行われた小さな革命軍は始めこそ小さな炎だったが、徐々に燃え上がり国民にまで浸透をしていった。

「エンゲツ!政府の奴等が!!」
「あ!?嘘だろ・・・。」

この革命軍を支えているのはエンゲツと言う名の青年。
“紅蓮の焔”と比喩されるだけあり、彼の髪は綺麗なワインレッド。
珍しい髪色だという事や派手な白兵戦を行う事などから彼は有名になった。
いや、有名になりすぎてしまった。
いい意味でも悪い意味でも。
エンゲツやその仲間の存在は市民にとって希望となり、革命が成功すると市民は心を踊らせたのだ。
しかし、国の中枢部の人間はよく思う筈が無く目立ちすぎたエンゲツは標的となる。
国の中心部である都市には敵しかいない。
だから外で寝食を行うが、敵にも素晴らしい人材はいる。
宵闇一族の長男、カゲイチは戦闘員や諜報員としても活躍出来る。
暗殺者としての才能は弟のベニカゲには劣るが、それでも一流の人間だ。
夜蝶一族の若き長、フウキは技術面などで天才。
国のネットワークの全ては彼が管理をしている。
そして、作戦を立てるという事に関しては夕鴉のヒョウが秀でていた。
多勢に無勢。
更に敵には優れた逸材が多く揃っている。
じわじわと勢力は反転していった。

「畜生・・・!!」

重要人物であるエンゲツや、数少ない回復班のアンリ達を逃がす為にまた一人犠牲になる。
革命を始めた頃には三桁だった仲間も戦いで半分以上減り、病気や感染症などでまた減る。
今じゃ桁が一つ下がり数十人の仲間しかいない。
エンゲツは下唇をキツく、キツく噛み締めた。
アンリの抑制も聞かずに噛み締めたので血が出てしまう。
苛立ちは更に積もる。

「不味い・・・。」
「当たり前よ。ほら、傷見せて。」

流れ出た血を口の中へと入れれば、鉄のような何とも言えない味が広がる。
顔をしかめれば直ぐにアンリが気づく。
ハンカチのような物で血を拭おうとするが彼はそれを拒み、そのまま自室へと戻る。
ドアを閉める音が荒々しく、彼の機嫌が良く無い事がわかる。
触らぬ神になんとやら。
機嫌の悪いエンゲツに何を言っても効果が無く、逆にとばっちりを食らうのは目に見えている為革命軍のメンバーは何時も放っておく。
しかし、アンリばかりはそれでも尚彼に近づこうとするのだった。
二人しかいなかったこの部屋。
エンゲツが出て行けばアンリは一人ぼっち。
一人取り残された彼女は何もせず、何も話さずにただエンゲツの出て行ったドアを見つめていた。
彼女自身無意識のうちに心臓辺りの服を握りしめながら。



同日、国の中心部である都市の中でも一際大きいビルの一室でジエンは空を眺めていた。
相変わらずスモッグや大気汚染などで汚染され曇った空。
最近は空気も人に害のない綺麗なものになってきたが、全盛期の名残か未だ空は晴れない。
部屋が高い位置にあるせいか、空は近い。
けれど、やはり人間にはどうしようも無いほど遠い。
手を伸ばしても、伸ばしても届く物はガラス。
そのガラスが彼女を閉じ込める檻のように思えてくる。

−−−檻の中の生活なんて慣れっこだよ。

今更思う事なんて何もない。
これが自分の人生なんだ。
そうジエンは腹を括り、諦めている。

「ジエン様、革命を起こそうとしている奴等についてどう思いますか。」

部屋の隅で背筋を伸ばして立っている従者のベニカゲ。
意見を問われれば話すが自分から意見を述べる事はまずない。
ましてや主人命という彼は疑問があたとしても聞こうとはしない。
それだけに今回投げかけた質問はとても珍しい事だった。
そんなベニカゲの事を見て、目を丸くした後ジエンは笑う。

「こっちにおいでよ。」

そう言えば素直に従うベニカゲ。
早歩きな彼が歩けば、風が動き柔らかな白髪がふわりと跳ねる。
彼が隣にやってきたのを感じ、まっすぐ前・・・窓の外にある空を見ながら口を開いた。

「私は凄いと思うよ。・・・彼等は強いよね。」

自分の意見を述べた彼女はベットに腰をかけ、目線だけ彼へと移す。
ベニカゲの方を見る目は憂いを帯びていた。
そんな主の様子に、ベニカゲは眉間にシワを寄せる。
感情を表情や声に出す事に不向きなベニカゲ。
眉間によったシワも端から見たらわからないのであろう。
しかし、物心ついた頃から一緒にいるジエンには分かってしまうようで小さく笑われる。

「ねぇ、ベニカゲ。もしも、私が国を裏切ったらどうする?」

どこか切なげな表情でそう問う。
目は潤み、雫が溢れる数秒前。
それを隠す為かジエンは直ぐに俯いた。
ベニカゲは小さく愚問だな、と呟く。
言葉が聞こえた気がした彼女は反射的に前を向いた。

「俺はジエン様の従者であって、国の犬ではありません。俺が従うのは貴女だけだ。だから・・・。」

そんな悲しそうな顔をしないで。
言葉を飲み込み、唇を噛む。
言えなかった。
彼にはこの言葉を言えるだけの綺麗さも純粋さも何も持ち合わせていない。
彼は今まで何十人もの人に悲しい思いをさせてきた。
それが本人が望んだ事ではないとしても、結果を見ればそうなってしまう。
だから、ベニカゲが誰かの幸せを望むなんてしてはいけないんだ。
自分の幸せなら尚更。
そういった理由から彼は頑までに自分が幸せになる道を拒んでいる。
心では他人の幸せを望んでいるが、それも口には出そうとしない。

「・・・ベニカゲは優しいね。」

そう涙目で微笑む主人に、ベニカゲは何とも言えない気持ちになっていた。
ただただ黙る事しか出来なかった。
ジエンの目から一雫の涙が溢れた。


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日は巡り、巡る。
遂に決着がついた。
終わってしまうのだ。
この戦いで勝ったのは政府。
負けたのは革命軍。
政府は革命軍の残り少ないメンバーを全員処刑し、そして彼等に対する事実を改ざんした。
これで革命軍のメンバーは存在しなかった事になる。
革命は起こってはいたが、それが誰の手によって始まったのか。
誰が中心人物なのか。
どう決着がついたのかをうやむやにしてしまった。
希望は握り潰される。
そして一粒も残らず凍らさせる。
最初の頃こそ人の心に波紋をきたしていたが、それも直ぐに静寂を取り戻す。
時は移ろい流れる。
川の水は絶えず流れ、新しい水となる。
革命軍の存在は直ぐに人々の心から消えてしまった。
こうして、全てが終わったのだ。
ただ一人の心に熱い紅蓮の焔を残して。

「エンゲツ・・・・。」

小さな焔だが、長く居座りそれは劫火となる。




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