眩惑 教室のその一角だけ、時間の流れが違うんじゃないかと感じた。 勿論そんな訳はなくて、時間は誰にでも平等に訪れている筈だ。ワタシにも、その人にも。 何でそんなことを思ったかと言えば、テスト明けのもうすぐ夏休みという時節へ浮き足立つことなく、その人はただ一人で席に座っていたからだろう。来年は受験も始まるから、遊ぶ計画には皆余念がないというのに。 当然の様にクラスメイトたちは大小様々な塊を作り、海へ行く予定だの花火へ行く予定だの、和気あいあいと会話している。 ワタシもそのうちの一人。現在も、数人の輪の中の一員として、夏休み前の浮かれた空気を教室へ醸すという構成に加わっていた。数日後に始まる夏休みに会う約束をとりつける話題へ、軽く相槌なんて打ったりしながら。 そんな中、恐らくワタシだけが、窓際の席でぼんやりと外を眺めるその生徒を見つけた。それがその人。名前は確か、奥山広海(ヒロミ)。 すらりとした長い手足は陶器のように白く、肩まで伸びた髪はしっとりと黒い。細い首にちょこんとのった顔はたまご型で、伏し目がちな瞳は正面からちゃんと見たことは無かったように思う。席も遠くてあまり接点が無い。話したことも、まだなかった。 しおりを挟む [小説Bookstop]|[top] |