「豆腐、好きなんですか?」

背中越しに話しかけられた兵助の手元には、特製豆腐ステーキ定食。
口をあんぐり開いたまま、振り返ると立っていたのは、新しく委員会に入った編入生だった。

「びっくりさせちゃった?」
「いや、食堂で会うのはじめてだなって思ってさ」
「空いてるから、ここいいかな。一人でランチも寂しいでしょう」

タカ丸は、ちょうど空いていた兵助の目の前の席に座る。
実のところ、ランチ中に兵助の近くに座ると、豆腐よもやま話が雨霰と降り注ぐので、それを知っている者は食事中の兵助には近寄らないようにしているのだった。

(そういえば、こいつと委員会の仕事以外で口利いたことあんまりなかったな)

「いただきます」

しっかりと両手を揃えて、タカ丸がはつらつとした声で言う。
彼の指は細く長い、確かに忍具など持ち慣れた様子ではない。若干、肌が荒れているのは水仕事のせいだろう。
タカ丸のことを意識して見る機会なんて、今までなかったから、ついまじまじと見つめてしまう。

(タカ丸さんは、おれに関心を持ってくれるだろうか……)

おれはタカ丸さんのことを知らない。せいぜい髪結いの息子で抜け忍の編入生だってぐらい。
タカ丸さんはもっとおれのことなんか知らないだろう。世話になっている先輩程度の認識かもしれない。
ふと、箸を休めて、考え込んでしまった。他人の存在なんて今まであまり気にも留めていなかったのに。
こいつは不思議だ。持ち前の明るさで、どんな場にもするりと忍び込んで、打ち解け合ってしまう。案外、忍者としての才能もあるのかもしれない。
知りたい欲求がどんどん膨らんでいく。物珍しさからくる興味とは少し違う。なんだろう、この感じは……。

今まで感じたことのない感情に兵助は少し惑った。迷いは忍者にとって病だ。深く考えるのは止しにして、ここはこの場の雰囲気に合わせてみようか。
成績優秀な兵助らしい発想だった。

「美味しそうなお豆腐なのに冷めちゃうよ」
「ああ、これは本当に旨いんだ。おれが豆腐屋さんとおばちゃんに頼み込んで作ってもらったやつなんだ」

タカ丸は「へええ、凄いんだねー!」と目を輝かせて、豆腐ステーキを見つめる。

「まずは、食べてみた方がいいだろう?タカ丸さん、口開けて」

兵助に言われて、タカ丸は子供みたいにあーんと大きく口を開けた。そこに豆腐ステーキのひと切れを放り込んでやった。
ちゅる、とタカ丸の口先が兵助の箸に触れた。その時、思わず、胸が跳ねた。

「わー。本当だ。お豆の味もしっかりしてるし、たれの味も独特で、田楽とはまた違ったおいしさだねえ」

嬉しそうに豆腐ステーキを頬張るタカ丸を前に兵助はますます惑った。箸の先が触れたぐらいで、なんだっていうんだ?よくあることじゃないか、馬鹿馬鹿しい。
だが、おれはいったい何をそんなにむきになって否定したいんだ……?胸の奥がちくりちくり痛む。何かの病かもしれない。あとで、伊作先輩のところに行って診てもらおう。

「今度、お礼に兵助くんの髪を梳いてあげるね。長くて綺麗な髪なのに、あまり手入れしてないみたいだったから、ずっと気になってたんだ」

そう言って、タカ丸は席を立ち、兵助の髷をちょいと摘み、軽く手櫛を通した。するすると髪と髪の間を抜けていくタカ丸の指が心地良い。あの、長い指が。
先ほどのタカ丸の指を思い描くと、ますます胸が締めつけられた気分になった。おまけに息苦しい。これはなんだ。流行り病か何かか。

「タカ丸さん、すまない。ちょっと気分が悪いから、保健室に行ってくる」
「大丈夫?兵助くん、なんだか赤ら顔だよ。風邪じゃないといいけど。ランチは取っておいてもらうね」
「ああ、よろしく頼む。」

食堂から離れると少しは気が落ちついた。だが、万が一のこともある。早く伊作先輩に診てもらわねば。



「……と、こういった具合なんです」

保健室で症状を丁寧に説明し終えた兵助に向かって、肝心の伊作はとうとう我慢できずに吹き出した。

「酷いですよ!急に動悸や眩暈が酷くなって、おれ、どうなっちゃうんだろうって思ったのに」

笑いを堪えつつ、伊作が答える。

「兵助、その病気はぼくには多分治せない」
「そんなに酷いんですか!」
「場合によってはこじらせることもあるかな?一番の特効薬は障子の陰から覗いている彼だと思うけどね」

伊作が指差した先にはタカ丸と思しき、人影。

「頭髪に原因があるんですか?」
「んー、まあ、そういうことにしておこう。体調が悪くなったりとかそういう病気じゃないから安心していいよ」

納得しかねた様子で兵助は保健室を後にした。障子の向こうから兵助を気遣うタカ丸の声が漏れ聞こえる。



(……しかし、恋を病気だと思っちゃうなんて、兵助らしいな。神妙な面持ちで尋ねるんだもん、つい、吹き出しちゃった)
(でも、あの調子じゃ治るまでにはまだまだ時間が必要かな?タカ丸もああ見えて、天然っぽいし)

初々しい二人の姿を思い浮かべ、伊作はくすりと笑った。
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