あおにおぼれる

「わあー…」

目の前にあるのは青くて大きな水槽、その中にはとても綺麗な世界が広がっている。
うちはくんが連れてきてくれたのは大きな水族館、入場ゲートを通過した途端見えた景色に思わず感嘆の吐息が漏れた。思わず水槽に両手をくっつけて見入っていると、後ろからくつくつと笑い声が聞こえてハッと我に返る。

「あ、ご、ごめんなさい、あまりにも綺麗だったから、思わず…」
「いや、可愛いなと思って。」
「…っ」
「俺も綺麗だと思う、」

だから連れてきた、そう言って彼はもう一度私に微笑んだ。

どきん

瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚が身体を駆け抜ける。えっ、今のはどう言うこと、なぜか顔の火照りもなかなかおさまらない。どうしようと思っているうちに、うちはくんは俯いたまま固まった私の手を取って歩き出した。さり気なく繋がれた手と手。だけど、私の体温を更に上昇させるにはとてもとても充分すぎた。もっと綺麗なのがあるから、早く次に行こうと言ったうちはくんの顔が見れない。カラフルな熱帯魚、ブラックライトに照らされて光る海月、そんなのはもう私の興味の範疇を越えてしまった。いつもならひとつひとつの水槽を回ってはわいわい騒いでいるはずなのに、今日はもうそんなことより、この繋がれた左手のほうが気になってどうしようもなかったんだ。

「…火芽、火芽?」
「は、はい!なに?」
「ぼーっとしていたから…次が一番の見所らしいぞ、」
「そうなんだ、」

そう言われて、前を向きなおす。順路に沿って道を右に曲がった瞬間、私は海の中に居るかのような感覚に満たされた。
澄んだ水色の海の中を歩いているような、そんな世界に思わず息を呑む。目の前にはイルカやペンギンたちが優雅に舞っていて、なんだか凄く贅沢な気分。こんな綺麗な水族館が近場にあったなんて知らなかった。トンネル水槽をくぐり終えてしまうことを名残惜しむかのようにゆっくりゆっくり歩を進める私に歩幅を合わせてくれるうちはくん、未だ繋がれたままの左手はきっともう水族館を出るまでは離れないんだろうな、ってなんとなく思う。顔の火照りはだいぶおさまってきた。丁度折り返し地点に到達したとき、うちはくんに引っ張られる感覚、否、彼は私の2歩くらい後ろで立ち止まっている。

「本当に綺麗だね…連れてきてくれてありがとう。」
「火芽、」
「え?」

なに?と言いながら振り向いた瞬間、ちゅ、と彼の唇が私の唇に触れた。おさまったはずの私の顔の火照りは瞬時にぶり返して、思わず右手を顔に当てる。
うちはくんはなぜか辛そうな顔で、私の頭を撫でた。

「すまない…我慢、できなくて」

あの日からずっと会いたかったんだ、そう呟いた彼はそのまま私を抱き寄せる。
私だってきっと、うちはくんに会いたかった。無意識に選んだおろしたてのワンピース、少し気合の入った巻き髪、昨日は寝る前に手指の爪にネイルまで施して、全部自然とやっていたつもりではいたけれど、思えばこれはたぶん、ううん、絶対うちはくんと会うからだって今なら解る。好きになった理由とか、経緯とか、そんなのははっきりと言葉に出来ないけど。でも、初めて会ったあの日、彼の隣が心地いいと思った感覚が忘れられなかった。それは結局そういうことなんだと思うから。

「…俺と、付き合って下さい」

まだ2回しか会ってないのに早いかもしれないけど、と言葉を添える彼のジャケットの裾をきゅ、っと掴む。

私たちは、ひとけのない青い青い世界でもう一度キスをした。





「あ、紹介し忘れてたけど、俺の後輩のうちはイタチね。」
「あ、ああ、花火のときはどうもお世話になりました」
「…あぁ」

あの水族館デートが終わってから数週間後、たまたま学食ででくわしたカカシ先輩に、改めてうちはくんを紹介された。カカシさんに私たちが付き合っていることはまだ言っていないから、どうしよう?と悩んだ挙句、少し他人行儀な挨拶にはなってしまったけれど、お辞儀をして顔を上げた瞬間、不機嫌そうな顔の彼と目が合う。あちゃ、やっぱし今のはまずかったかな。

「イタチはほんと頭も良くてスポーツも出来ちゃう万能男子だから、なんかあったらなんでも頼っちゃいな〜、レポートとか手伝ってくれるかもよ」
「えっ、や、いや、そこまでは」
「ま、俺が手伝ってやっても良いけどね。」
「そんなことしなくてもやれば出来るだろ?火芽は。」
「う、」

そう言って彼が私の頭を撫でた瞬間、カカシ先輩が凍りついた。ちょっと、何も知らないカカシ先輩の前でこんな、と思いつつも抵抗できない私は彼にされるがまま。

「え?そこってもしかしてもう知り合ってた?いつから?」
「あの花火の日からですよ、カカシさん」
「あれ?」
「あの日、火芽を家まで送っていくように言ったのはカカシさんじゃないですか」
「あー…」

と、なにかぶつぶつ呟きながら先輩は苦虫を噛み潰したような顔をして私たちの顔を交互に見た。

「…まさか…君たち」
「付き合ってますけど」
「…あ、そう」

うちはくんの言葉を受けたカカシ先輩は途端にあっさりと態度を変えて、じゃ、俺は次の講義に行くから、と右手をひらひらと振って足早に食堂を去っていってしまったけれど、はてさて。未だ昼休みは始まったばかりなのに。
ぽかんと口を開けて不思議そうにうちはくんを見上げる私の顔を見て、彼は満足そうに微笑みながらまた私の頭をぽんぽんと撫でつける。

なぜか胸がざわつくけれど、その理由がわからないまま、私はうちはくんに笑顔を返した。



(20131114)

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