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▼Some like it hot

私がいくら手を伸ばしたって、ねえ、あなたと一緒にはどこへも行けないって、痛いほど解っていたのに。
なのにそれでも手を伸ばしたのは、それでもあなたが欲しかったからだよって、あなたに伝わればいい。



「…馬鹿野郎、」

こつん、目の前の小石を蹴り上げる。
それはころころと転がって側溝へ吸い込まれるように落ちて消えた。

今は任務から宿屋へ帰っている途中、数年前とはだいぶ姿の違う、かつては幼馴染だったはずの人間が、数歩前を先へ先へと歩いていく。別に、数年前のような甘い空気を期待していたわけではない…と言ったら、嘘になるけれど。なんで2人きりの時にまでこんなにも仏頂面を貫いて私を困らせるんだろうか、もしや、そこまで私と再会したかったわけではなかったのだろうか、そりゃ5年も経てば気持ちも変わるか。そうかそうか。それならば仕方がない、かも、しれない。
不幸中の幸い、前を行く彼に私の小さな悪態は聞こえていなかったようで、振り向きはしなかった。否、気づいていても彼はきっとこちらを向いたりはしないだろうけれど。

左右に動く彼の両足の踵をぼんやりと見ながら、なんで私は何も考えずにのこのこと里を抜けてしまったんだろう、ってちょっと胸が痛んだ。
5年前に別れた時は、絶対迎えに来るから、そんなときめくような台詞を言ってもらったような、ああ、もしやこの思い出も気のせいだったのかもしれない。まあ、もう抜けてしまったものはどうしようもないし、彼の気持ちが変わってしまっているならそれもまたそれで私にはもうどうしようもないことなんだけれども。

「ふぬっ!」

急にぶつかった大きな背中、変な声を喉から押し出して私も強制停止。
なんでいきなり立ち止まるのよ、なんておふざけ程度の悪態すら気軽に言えないこの空気に涙が出そうになる。前髪を手櫛で整えながら背中から1歩後ずさると、同じようなタイミングで彼もこちらを向いた。

「腹は」
「…え?」
「腹の調子は、どうだ」
「え、え…今日は、割と体調良いです」
「……そうか」

え、なに、この会話。

そう思った矢先、彼がまた前を向いて歩き出したその先にある甘味処を発見して、そういう事かと1人赤面する。きっと彼はお腹空いてるかどうか聞きたかったんだ。いや、でも腹の調子、って普通体調のことかと思わない?
だけど、彼は今でもお団子が好きなんだな、って、数年前と変わっていないところがひとつ見つかっただけでこんなにも心が落ち着くもんだとは、思っていなかったかな。

向かい合わせに座った席、目の前にあるのは背中じゃなくて、胸。流石に目を合わせる勇気なんて私には毛頭ない、久方ぶりに会った時、合わせただけで両目が焼かれて死ぬんじゃないかと思うくらい、彼の目はひどく冷たかったから。
お店の人に注文は、と聞かれて、今日は暑いから練乳入りのカキ氷を頼んだ。予想通り、彼は3色団子。
彼の前に先にお団子が到着したから、私は「お先にどうぞ」と右手の平を表にして彼にちらりと向けた。いただきます、と胸の前で両手を合わせてからお団子を口に入れる彼の手首のあたりを見ながら、相変わらず綺麗な手だな、なんてふと思った。

「はい、お待たせしました、これはお店からのサービスで、冷たい抹茶です」
「ありがとうございます。」
「ごゆっくりどうぞ〜」

店員に笑顔で会釈を返し、私は待ち望んでいたカキ氷へ手を伸ばした。
しゃく、夏らしいこの音を聞くだけでなんだか周りの気温が涼しくなっていく気がする。

「ん〜っ!」

冷たいものを一気に食べた時にありがちな、こめかみに走る痛さに思わず両目をぎゅっと瞑る。でも、これがたまらない。一気に喉を駆け抜ける爽快感、清涼感、でも、練乳がこれまた甘くて美味しい。

「やっぱり夏はカキ氷だよね!」

しん、と静まり返る私たちの空気。

しまった、やってしまったと私は一気に凍りついた。いくらカキ氷が美味しかったからといって、夢中になりすぎた。カキ氷ひとつでここまで空気をぶち壊してしまった自分自身が愚かすぎてもう色々といたたまれない。これじゃあ馬鹿野郎は私じゃないか。どうせ、彼だって呆れ果てて鋭い眼光をこちらへ向けて私を射抜いているんだろう、もう見れたもんじゃない。
私はまた、何事もなかったかのように俯いてカキ氷を口に運んだ。
今日は厄日だ、と言うか、もはや厄年だ。

「…そうだな」

自棄になっていた私の斜め上から、予想以上に優しい声が飛ぶ。思わず反射的に上を向いたあと、右手からスプーンが離れてガラスの器の中へカランと落ちた。
なんでなのかは分からないけれど、ぐわんと押し上がる喉、カッと熱くなった目尻、歪む眉頭。やばい、って思ったときにはもう遅かった。零れた涙はとても大粒で、ここはお店なのに、とか、誰かに見られてしまうかも、なんてのはもうどうでも良くて、嗚呼、なんでか分からないなんて嘘。ただ、綺麗だったから。彼がさっき見せた笑顔が、とてつもなく綺麗で優しかったから。

だから、私は泣いたんだ。

声も、嗚咽すら漏らせずに流れ落ちる涙をそっと拭いて、確信する。
結局はこの人のことが好きで好きでたまらないんだと。今、相手が自分のことをどう思っていようが関係ない。好かれていないなら、こうして胸の奥で好いているだけでも、こうしてたまに一緒に甘味処へ行けるだけでもいい。それだけでこんなにも胸が張り裂けそうになるほど彼のことを好きでいられるなら、もういいじゃないか。

暫くして落ち着いた後、私が残り少ないカキ氷を食べ尽くしたのを見計らって彼は席を立った。

「行くぞ」
「…はい」

抑揚のない声が私の胸をちくりと突き刺す。
こんなの気にしてたらいつまで経っても彼を克服できない、気にしない、気にしない。脳内でそう繰り返しながら宿屋への道をまた2人で歩く。今日泊まる部屋はここだ、と指さされたドアを開けると、少しは私に冷静さを取り戻させてくれそうな簡素な空間が見えた。
部屋へ入ったのと同時に閉められたドア、奥へ進もうとした私の腕を掴む手の平に思わず振り返る。

「な、」
「聞きたいことがある」
「…」
「なんで、さっき泣いたんだ」
「…そ、れは」
「俺がなにかしたのなら謝る、」
「ちが、う、の」

違う、けれど。違う、わけじゃない。でも、それをうまく伝えられない。
無理に伝えようとしたら、絶対に言葉足らずで彼を傷つけてしまうから。なにも言わずにもどかしい空気、壊したのは彼だった。

「…俺は、いつも空回ってばかりだ」
「…」
「やっと…こうして2人で過ごす時間を手に入れたと思ったのに…泣かせて、傷つけて…どうしようもないな、」
「えっ?」

腕を引かれてよろけた身体を抱き締める逞しい両腕、押し付けられた胸板に目を閉じる。鼻腔から流れ込む彼の香り、この圧迫感だけでまた決壊した涙腺に私は笑った。
ほんとうに、私たちはどうしようもない。数年経って全てが変わってしまったように思っていたけれど、結局は数年経ってもほとんど何も変わっていないんだ。
お互いの事を考えすぎて、相手の顔色を伺いすぎて、そうやって自分の気持ちを我慢して、だから何も伝わらない。だけど、それが私だったし、それがあなただった。なんでこんなこともっと早く気づけなかったんだろう。

「…私、ね」
「…」
「あなたが変わってしまったと思っていたの、大人びて、冷静さも増して、私なんてもうどうでもいいんだと、勝手に。」
「そんなこと、」
「うん、さっき、それが違うってわかったから、だからもう大丈夫。変な勘違いしてごめんなさい。」
「…俺のほうこそ、不安な思いをさせて…すまなかった」

ぎゅう、と彼の腕に一層力がこもる。
暫くして、彼は負けじと抱きしめ返す私の両肩を両手で包んで、少し距離をとった。
次は私が勇気を出す番だ。うるさいほどどくんどくんと鳴り響く心の音を抑えようと、ゆっくり深呼吸。きっと顔を上げたら優しい顔の彼が待っているはずだから。だから、私はこの両手を彼の首に回して少し背伸びをしよう。

あ、その前に、ずっと言えていなかった大事な言葉をひとつ。

「イタチ…大好きだよ」
「愛している、なまえ」


Some like it hot!

(ところで…イタチの部屋は何号室?)
(よく見ろ、この部屋ダブルベッドだ)
(!!!)


20140728

   

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