君と会うのは記憶にも残らないような土曜日が多かった。

泣きたくなるような、

作ちゃん、と体を揺する。飯できたぞ、おきろ。

「んん…鉢屋…さん?」
「おはよ、飯できてるぞ」

あたしが作るからよかったのに、と作は言った。作の体にはまだ昨夜の疲れが残っていた。けだるげで色っぽい。

「昨日、激しくしちゃったからさ、」

そのお詫び。と豆腐のみそ汁をテーブルに置く。次に炊きたてのごはんと鯵の干物。あとは茄子の浅漬けと熱めのお茶を並べれば完璧だ。

「…へー、鉢屋さんって料理できるんだ?」
「あれ、作ったことなかったっけ」
「うん。初めて。いただきまーす」
「だーめ、先に着替えてきなさい」

作は俺のTシャツを着ている。パンツは…たぶん穿いてない。

「ごはん冷めちゃうよ」
「風邪ひくぞ」
「夏だから大丈夫」
「………襲うぞ?」
「いいよ」

ふふん。いただきまーす。あ、おいしい!

この子には敵わないなぁ。と思うのはこんなときだ。脅しても動じない。嘘をついてもすぐ見破る。やりにくいなぁ。と感じることは多い。でも、そこに魅力を感じている自分がいるのも事実だ。しかたなく俺は胸元を見ないように視線をずらすことで精一杯だった。

「おいしいですかー?」
「とってもおいしくて幸せでーす」
「そりゃあ、よかったですね」
「鉢屋さんは?食べないの?」
「作ちゃんを送った帰りに食うよ」
「鉢屋さん、朝はパン派だもんね」
「パン派の俺がごはん派の作ちゃんのために和食を作ったんだぞ?感謝してる?」
「すっごいしてるよ。ちゅーしちゃう」

うへぇ、鯵の味がする。なにそれ、おもしろくない。…わざと言ったんじゃねぇし。

「おいしかったー。ごちそうさまでした」
「あー、俺が洗うからいいよ。作ちゃんはシャワー浴びてきな」
「そお?じゃあ、甘えちゃおうかな」

俺はほっとため息をついた。けっこうやばかったな。襲う寸前だった。鯵のキスで萎えたからよかったけど。

「作ちゃーん、行くよー」
「わっ、まって、まって、靴が、」

作がシャワーを浴びたら、さよならの時間だ。忙しいサラリーマンの群れを逆行して歩く。手はつながない。なぜかって?

「やだよ、恋人みたいじゃない」

恋人ごっこはすきだけど、恋人はきらいなの。鉢屋さんだって、あたしと恋人になりたいわけじゃないでしょ?

(恋人ごっこ、ねぇ…)

これを聞いたとき、なるほど、と思ってしまった。そうか、この子の欲のなさは、ごっこだからなのか、と。手をつないで歩きたいとか、電話を毎日してほしいとか、耳元で愛を囁いてほしいとか、やさしく抱きしめてほしいとか、そういうおねだりをまったく言わないのは、そうか、ごっこだからなのかぁ。なるほどね。

(……それなら、ちょうどいいな)

「ねぇ、今日は雷さん来るの?」
「残念!来れないってさ」
「あらら、さみしいね。会いたい?」
「うん、会いたい」
「…ねぇねぇ、すきな人には会いたい?毎日でも?」
「会いたいよ」
「じゃあ、よかったね、鉢屋さん」
「なにが?」
「双子だったら、すぐに会えるじゃない」
「うーん、会えてもなー、双子だからなー」
「ああ、近親相姦?」
「つらいぞー、キスもできないんだから」
「でもさ、すきなんでしょ?」

ねぇ、あたし、この人の代わりでしょ?

あの日、なんでもないみたいに、君は言ったね。写真を指でなぞりながら、必死になんでもないみたいに。

ああ、いいんだよ、そんなにうろたえないで、気にしてないから。…だって、代わりのほうが気が楽じゃない。真剣にならなくていいから、傷つかなくていい。うん。だからさ、ね、セックスしようよ。鉢屋さんだって、さみしいんでしょ?

(……それなら、ちょうどいいな)

そうだよ!代わりだよ!君は俺が恋をしているかわいい妹の代わりだ!妹の代わりに君にキスをして、君を抱いているんだよ!

そんな俺を君は蔑むかい?ばかな!君だってちょうどいいと、そう思っているくせに!おたがいさまだよ!

なぜだかはわからないけど、君はとても傷ついている。だって、ふつうの女の子は、代わりのほうが気が楽だ、なんて言わないからね。君はさみしいんだ。さみしくて、さみしくて、だれかにそのさみしさを埋めてほしいんだ。だから、俺と寝るんだろう?

「ここまでいいよ、ありがとう」
「ここ?駅までまだまだあるぞ?」
「いいよ、大丈夫だから」

お望みどおりのギブアンドテイクだ。俺は君と同じようにさみしくて、君の傷に干渉してこない、ちょうどいい男で、満足だろう?そうだよ、おたがいに利用しているんだ。…おたがいさまだ。だけど、

「…さみしくないか?」

どうしてかな、君が心配になるのは。

「なに言ってるの。さみしくないよ。今から立花さんと会うんだから…、さみしいわけがないじゃない」

ちくしょう!君はなんてさみしい女の子なんだ!本当はさみしいくせに、一人がいやなくせに、必死に強がっちゃって。どうしてだろうね、利用しているのは、おたがいさまなのに、情なんてないはずなのに、俺が君を愛しいと思うのは。

ああ、俺は、恋じゃあ、ないけれど、君みたいな女の子がすきだよ。幸せになってほしいよ。…どうか、君がだれかの一番になれますように。一番に愛されますように。

「…そっか、じゃあね、作ちゃん」

泣きたくなるような、日曜日の朝。

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