「白ボス今日信じられんぐらい機嫌悪いですね」
「は?」
コーヒーを持ってきたカズマサが特に悪気は無いんですよと言わんばかりにあっけらかんとした表情でそう言った。バチュルが小さくプリントされたお気に入りのマグカップの中でコーヒーが僕の感情に対応しているかのようにピチョンと跳ねる。朝からデスクワークに追われる僕へコーヒーを運ぶのはカズマサだけだった。何だって今日は彼以外近寄ってこないのか、知ったこっちゃないけれど。「白ボス顔は笑ってるのにオーラが怖いですもん」と苦笑するカズマサはそのまま僕のデスクのすぐ傍にある黒革のソファへ体を埋めた。
「何があったんです?甘いモンでも食べて機嫌直して下さいよ」
「じゃあまずノボリ兄さんをどうにかしてくれる」
「黒ボス?」
パチクリと瞬きをするカズマサの顔はすっとぼけたお面のようだ。
「喧嘩でもしたんですか?」
「まさかするもんか!」
「なまえちゃん絡みとか」
マグカップを置くのに力を入れすぎた。ダン!と勢いよく叩きつけられたマグカップからコーヒーが外へ飛び出して書類に小さくシミができた。最悪だ。「分かりやすすぎやろ」と笑うカズマサにふんと鼻を鳴らしてペンを回す。
あれから一ヶ月が経とうとしている。相変わらずなまえさんは一週間に一度の割合でノボリ兄さんに会うために最終電車を逃しにやってくる。毎度毎度ベロンベロンに酔っ払っているのが甚だ迷惑千万だというのにノボリ兄さんときたら甲斐甲斐しく迎え入れてやるもんだから関係はどんどん悪化している。いつ二人が関係を進めてしまうかと弟としては気が気でない。彼女は今までノボリ兄さんが付き合ってきた女性たちとはあまりにも系統が違いすぎる。ノボリ兄さんが彼女を好きになるポイントが全くと言っていいほど見つかりやしないのだ。どちらかといえばノボリ兄さんの嫌いなタイプだろうに、何故だか毎回長話に花を咲かせている。これでノボリ兄さんの仕事の手が止まっているんならまだ周りを味方に出来ようなものの、ノボリ兄さんはそこのところは抜け目がなく、仕事をきちんとこなしながら彼女の相手もしてやっているのだから、部下達も「やることやってるし良いんじゃない?」と大目に見てしまっている。そんなんだから悪が野鯖るのだ。
「まぁ彼女、見た目一緒なのに白ボスのことは眼中に無いですもんね」
「ノボリ兄さんに対してと態度違いすぎない?あれってどうなのさ」
「ふんふん、つまり白ボスはヤキモチ妬いてはるんですね」
パキ、と音を立ててマグカップの取っ手が取れた。悲しくも今日はお気に入りのマグカップの命日となってしまった。割れた取っ手からポロポロと陶器の破片がデスク上へ散らばっていく。書類が粉っぽくなってしまった。それよりもカズマサ、今なんて?
「ヤキモチ?僕が?誰に?」
「白ボスが、黒ボスに?」
「オェ!冗談でしょなまえさんに対してならともかく何で僕がノボリ兄さんに!」
「や、白ボスの方が先に彼女を見つけたのにすっかり黒ボスに奪われちゃって悔しいわー、みたいな」
呆気にとられすぎて言葉にもならない。違うんですか?と不思議そうな顔をするカズマサは一体何がどうしてそんな思考回路になってしまったのだろう。クーラーはきいているのに暑さで頭をやられてしまったのだろうか。すっとぼけた顔が腹立たしさをより一層掻き立てていく。そんなわけないじゃないか、そう言いたいのに驚きすぎて声が出なかった。
取っ手の無くなったマグカップを鷲掴みにして半分程まで減ったコーヒーを口にし潤して、心を落ち着かせようと試みる。温くなったコーヒーは異様に不味かった。
「それじゃあまるで僕が彼女のこと気になっているみたいじゃない」
「違うんですか?」
「むしろどうしてそうだと思ったの、意味分かんないんだけど」
「んなこと言うたって白ボスいつも黒ボスがなまえちゃんと話しとるのえらい剣幕で見てはるやないですか」
そんな馬鹿な。もし仮に僕が凄い剣幕でノボリ兄さんを見ていたとして、それはきっと酔っ払いにされるがままのノボリ兄さんが焦れったいからだ。いつまでもそんなやつを調子に乗らせてるんじゃないと見ていられないからだろう。しかしそれだってどちらかといえばノボリ兄さんに対してよりなまえさんに大しての苛立ちの方が大きい、やっぱりノボリ兄さんにそんな感情を抱いたりなどするはずがない。僕がノボリ兄さんにヤキモチを妬く理由が無い。するとカズマサが世にも恐ろしいことを平然と言ってのけた。
「なまえちゃん、白ボスの好みのタイプどストライクですもんね」





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