「何でクダリなのぉノボリさん出せよテメェばかやろー」
この酔っ払い、もといなまえさんがこの時間この場所にいることは通例行事となっていた。遭遇早々に僕へ喧嘩を売ってきたなまえさんはノボリ兄さんに褒められた(と思い込んでいる)あの日過剰な露出をしなくなり、今日の服装はボーイフレンドデニムに白のタンクトップという彼女との初対面時からは想像出来ない清楚なファッションへと変貌している。しかし相変わらずメイクは濃いしアクセサリーがジャラジャラと存在感を主張しているため決して清楚な女性には見えないのだけれど。加えてこの口の悪さ、はっきり言って女を捨てているとしか思えない口振りに呆れてものも言えない。ビビットピンクのパンプスを爪先で弄び文句を垂れるなまえさんの立場が客で無ければとっくに殴り黙らせていたというのに、社会というのはこういうところがもどかしくてならない。
「あのねなまえさん、何を考えてるのか知らないけどわざと最終電車に間に合わない時間にやって来て僕達に迷惑かけるの止めてくれる?僕もノボリ兄さんもキミみたいに暇じゃないんだ」
「クダリの言うことは聞きませーん」
「……今日はノボリ兄さんは非番だから、そもそもここには居ないよ」
はぁ、とノボリ兄さんの不在を告げてやる。実はこのシフトは先週僕が故意的に組んだもので、ノボリ兄さんが優しくするからコイツがいつまでも調子に乗るんだと力技に出てこの女…なまえさんとそして甘いノボリ兄さんに知らしめてやろうと企んだ。案の定僕の言葉になまえさんは金切り声をホーム内へ響き渡らせる。
「うるさい!」
「何で!そんなことノボリさん言ってなかったけど!」
「そりゃ先週キミに会った後に決まったから。というかノボリ兄さんがキミにシフトを教える義務は無いでしょ」
「ノボリさんに会いたいのに…」
ぎょ、としたのは僕の方だった。ポロポロと大粒の涙を流すなまえさんはアイメイクが落ちるのも気にせず目を擦り声を上げて本格的に泣き出してしまった。笑い上戸と知っていたけれど泣き上戸でもあったとは初知りである。わんわんと僕達二人以外に誰も居ない駅のプラットホームになまえさんの劈くようなけたたましい泣き声がいつまでも響いて反響している。まさかそんなにも泣くだとは思っていなかった僕は思いがけず動揺し彼女の泣きっぷりに心揺らされたものの、そこで彼女が酔っ払いであることを思い出しオーバーリアクションなのだと気を取り直した。
「あのね、なまえさん。そんなにノボリ兄さんに会いたいんならどうしてこんな時間にやって来て迷惑をかけるの?営業時間にきちんと来れば誰も迷惑しないし怒られたりしないのに、これじゃあノボリ兄さんのキミへの印象は最悪なままだよ」
ケタケタと泣きながら笑うなまえさんの顔はパンダのようになっている。
「だってそれじゃあノボリさんは私の話をちゃんと聞いてくれないじゃん」
どうやらこの女はノボリ兄さんと友達が如く会話を楽しみたいらしい。厄介な女に気に入られてしまったものだとノボリ兄さんを哀れみ目を細める。その間にもいつの間にやら泣き止んだなまえさんはふんふんと上機嫌に鼻歌を歌い出した。最初はただの厄介な酔っ払いとして保護したにも関わらず、この女はノボリ兄さんの優しさにつけこみこうして横暴を働いているわけだ。ノボリ兄さんは人が良いからそれでも放っておけないんだろう。弟として見逃せない。
「ノボリ兄さんのこと好きなの?」
バシンと思い切り背中を平手打ちされた。痛い。
「ノボリさんって何であんな素敵なの?意味分かんなくない?クダリどう思う?ノボリさんってやっぱモテる?今彼女いるかな」
矢継ぎ早にそう聞いて捲し立てるなまえさんにオェと舌を出してやった。
「キミ恋人いるんでしょ?きょーくんはどうしたのさ」
僕は女心というものを扱うのが下手らしい。顔をぐしゃぐしゃにして泣くなまえさんは顔を真っ赤にしまるで鬼のようだ。
「ノボリさんに会いたい」
まるで僕のことなど眼中に無い彼女はそう言ってそのまま膝の間へ顔を埋め動かなくなってしまった。このままでは埒が明かないとノボリ兄さんを呼び出そうとも考えたが、それでは本末転倒だ。この作戦を立てた意味が無くなってしまう。しかしこれでは時間の無駄にも程があるではないか。まったくどうしたものか、と帽子を被り直したその時に偶然顔を上げたなまえさんの表情がみるみると明るいものへと変わっていった。
「クダリ!なまえ様!」
嘘だろ、と口にしたところでそれはまぼろしでもなんでもなく、ノボリ兄さんがこちらへ掛けてくるのが僕の目にも、そしてなまえさんの目にも映っていた。制服ではなく私服のノボリ兄さんは僕達の前で止まるとやっぱりと呟いて困ったように眉を下げた。
「なまえ様がいらっしゃるのが今日であるとすっかり忘れておりまして、慌てて来てみれば案の定ですね」
「え、え、何で居るの?何で来たの?ノボリ兄さん非番だよ?どうしてここに居るの?」
「なまえ様がクダリの言うことをきかないことを思い出しまして」
そう言うノボリ兄さんはなまえさんに向けて「来てみて良かったです」と安心させるかのようにして彼女の手を取った。嘘だろ。なまえさんはと言えば「ノボリさん!ノボリさん!」と興奮して目を輝かせている。自分のアイメイクがおばけのようであることも忘れて。
「待って、意味が分からない。何でノボリ兄さんそこまでこの人のこと気にかけるの?ただの迷惑な酔っ払い客じゃないか」
「ですがやはり放っておくことはできません。それに、」
続けようとした言葉を飲み込んで、ノボリ兄さんはなまえさんの顔を見ると一つ溜め息を零して「言えませんが、放っておけません」と付け加えた。私服のノボリさんも素敵ですとなまえさんが言った。
「クダリ、どうぞ私達のことは気にせず仕事へ励んで下さい」
どんな無茶を言うんだこの兄は。





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