七色に輝くラメが散らされた黒のセットアップは彼女の足を長く見せている。高い位置で一括りにされた髪は暗すぎず明るすぎない、着る服によれば相手に好印象しか与えないであろうダークブラウンであるのにセットアップがそれを台無しにしており、またポンパドールにしたことで見えている眉毛は細く一昔前に流行った典型的な形をしていた。サングラスに隠されているため瞳がどのようになっているか判断がつかないけれど、おそらくしっかりアイメイクが施されているのだろう。フットネイルも気を抜いていない。やれやれと僕が溜め息を隠せずにいるのも実際問題仕方がないことだと思うんだよね。大きなリングのゴールドピアスがチャリと音を立てた。
「キミは学習能力が足りないの?」
薄ら開かれたままの唇は真っ赤に染められている。ペットボトル飲料を飲もうものなら飲み口が同色に染まることだろう。彼女はぼんやりと最終電車の発車した線路を眺めていたが、僕の声に気が付くとゆったりとした動作で顔を上げ「へへ」と口角を上げ微笑んだ。明らかにチークの色ではない色に変色している両頬には小さなニキビが隠れることなく自己主張をしている。先週も最終電車を逃したこの女性は今日もまた同じく最終電車を逃したようで、先週と同じくすっかり出来上がっていた。先週とは違うベンチに腰掛ける彼女は今日はおぼろげながらも意識を保っており、先週と同じく高いヒールに酷使された足は赤紫になっていて見ている僕が痛みに顔を歪めてしまいそうになる。
「わたしのへやでなにして」
「またそれ?ここはキミの部屋ではないし、先週も全く同じやり取りをしてるよ。最終電車はもう行ったんだけど、少しは学習してよ」
「きょーくんかおこわい…」
「僕はきょーくんじゃないし、顔が怖いのはキミのせいだよ。また泊まっていく気なの?勘弁してよね」
ごろんとベンチへ寝転がる彼女に殺意が湧く。何なんだこの女は。先週といい今日といい、何故僕が見回り当番の日に限って現れるんだ。そして寝るな、人の話を聞け。赤ら顔でゴキゲンに鼻歌を歌い出した彼女は腰をくねらせ起き上がる気配がない。今日の当番はこの僕だ。冗談じゃない、酔っ払いの相手はもう懲り懲り!何としたって彼女にはお帰り願いたいのだ。電車がないから無理な話と分かっていてもそう願わざるを得ない。僕は酔っ払いが嫌いなんだ。
「きょーくんきょーくん」
「僕はきょーくんじゃないって言ってるだろ。次からは返事しないから」
「この前の人はどこ?あの人に会いたいんだけど」
先ほどまでとは打って変わってやけにはっきりとした口調でそう言った彼女はサングラス越しに僕の目を凝視しているような気がした。ハァ?と口にしてしまったのも無理はないだろう。
「あの人が来てくれるまでここ動かなーい」
「ちょっと…」
「おやすみぃ」
ふざけている。グッと拳を握り衝動を堪えた。本当に寝始めてしまった彼女を見下ろし歯を食いしばる。この女の言っているあの人とは一体誰のことなのか?きょーくんという人物でないことははっきりしている。きょーくんだったならそう言うはずだ。加えて僕でないことも察する、僕だったならこんな態度にはならないだろう。そうすると先週彼女を保護した際に居たメンバーの誰かしらなわけで…と、記憶を必死に思い返していた僕の脳裏にふとノボリ兄さんが浮き上がって消えなくなった。もしかしてこの女の言うあの人とはノボリ兄さんのことじゃないだろうか?一度そう思い付くともうそれとしか思えなくなってしまう、しかし待ってほしい。この女にノボリ兄さんを会わせるのはどうも癪に障る。というかそもそもこの女の言いなりになりたくはない。しかし朝までここへ放置しておいたなら僕の職務放棄として処分されてしまうだろう。気に食わないにも程はあるけれど、明日の用意をしているであろうノボリ兄さんを呼び出すしかないのだろうか。くそ、と舌打ちをしながらも仕方なく通信機でノボリ兄さんを呼び出す。応答するノボリ兄さんはやれやれと溜め息を零し「今コーヒーを淹れたところなんですが」と残念そうに通信を遮断した。ここへ来るのにそう時間はかからないだろう。通信機をスラックスのポケットへ入れてベンチを一蹴りしてみた。目覚める様子はない。寝息を立てているこの女、何と呑気なことだろう。優等生で通ってきた僕の胸中にモヤモヤとしたどす黒い煙が湧き上がる。
「先週の方ですね」
数分も経たずにやってきたノボリ兄さんが、ベンチで眠る彼女を見るなりそう言い当てた。靴がクロックスのままである。コートも着ずにワイシャツの袖を捲り上げているノボリ兄さんはいかにも休憩中で、呼び出してしまったことに罪悪感が僕を殴りつけた。
「どうする?また泊まらせるのもう嫌だよ」
「とはいえそうするしかないでしょう、帰る術が無いのですから」
「えぇノボリ兄さん甘くない?タクシーで帰らせれば良いじゃん」
「女性をこんな夜更けに一人にするのは危険です。何かあってからでは遅いですしね」
「そんなんだからこの女につけこまれるんだよ…」
「…どういうことですか?」
ノボリ兄さんの声が少し大きくなる。と、ぐうぐうと寝息を立て眠りこけていた彼女がのそのそと起き上がりノボリ兄さんを見るなり「あー!」とホームに響き渡る大声で顔を綻ばせた。
「また会えた!また会えた!やっほー!元気だった?私はねめっちゃ元気だよ!アハハお酒飲む?!飲み足りなーい!」
ハイテンションで捲し立てる彼女にノボリ兄さんは三白眼を丸くし僕を見て訝しげにしている。そうなるのも無理はない。そこで僕が何故ノボリ兄さんをここへ呼び出したのか説明をすると真剣な顔をして耳を傾けていたノボリ兄さんは一瞬戸惑いを見せた後「なるほど」と何かに納得をし彼女の正面へ移動をすると目線を合わせる為かその場へしゃがみ込んだ。何がなるほどなのか僕には分からない。
「お久しぶりですなまえ様、今日も乗り過ごしてしまったのですか」
「ねぇねぇお酒ある?一緒に呑も!」
「すみませんが職務中なので飲酒は出来ません。ところで今日は露出控えめなんですね、安心しました」
「えへへ褒められた!」
あんぐりと開いた口が閉まらないのは僕だけだった。ノボリ兄さんが彼女に親しげに話しかけたことに対してでもあるし、ノボリ兄さんが彼女の名前を知っていたことにも驚いて追いつかない。彼女の名前を聞いたなんて僕は知らされていなかったからである。戸惑う僕を世界から放り出したノボリ兄さんはそのまま彼女と話を進めている。彼女の方もやはりお目当てはノボリ兄さんだったようで、僕の時とは対照的に饒舌にあれやこれやと話を展開させていた。
「先週彼女を泊めた際に色々と相談に乗っていたんです」
そう言うノボリ兄さんの手を彼女は握り指で遊んでいる。されるがままのノボリ兄さんは全く気にした様子もなく、淡々と僕に馴れ初めを語り出した。そんな話僕は一言も聞いてはいない。「わざわざ言うことでもないと思って」とノボリ兄さんが薄い眉毛を下げた。
「なまえ様、今日も泊まって始発電車を待って頂くことになりますがよろしいですか?」
「えー。お風呂入りたーい」
「簡単なシャワーならありますが、危険ですので我慢なさって下さい」
「一緒に入ろうよ!」
「私今日はもう帰宅しますのでどうしても入るならそこのクダリと共に…」
「はぁ?!ノボリ兄さん冗談でしょ?!」
「その人ヤダー!絶対入んない!」
ムカつく。ノボリ兄さんの腰に抱き着いて僕へ睨みをきかす彼女に我慢の限界も近いかもしれない。止めなさい、とノボリ兄さんは僕を窘めた。気に食わない。
「クダリ、仮眠室までは私がお連れしますがその後はよろしく頼みます」
「僕が面倒見るの…誰かに頼めばいいじゃん。ヤだよ僕嫌われてるみたいだし」
あっかんべぇと舌を出し挑発をしてくる彼女を一瞥して反論するも、ノボリ兄さんは「何かあっては部下では責任が取れません」の一点張りで僕の意見なんて受け入れてくれないんだ。僕が堪忍袋の緒が切れて手を出しても知らないからね。彼女を抱いて前を歩くノボリ兄さんの背中にそう噛み付いてみせると後ろを振り向きもせずいつもと変わらないトーンでノボリ兄さんが喧嘩を売ってきやがった。
「その時は貴方を解雇するだけです」





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