「寝てる」
終電が発車して、ようやく僕の仕事も終わりやれやれ今日は何を食べようかって考えてた。利用者数調査をしてもらってわかったことだけどこの1週間何故か利用者数は減る一方で、何でだろうねってノボリ兄さんと話し合った結果行ったのがサブウェイスタンプラリー。おかげで客数は上がり何とか持ち堪えることができた。今日も終電ギリギリまで酔っぱらいとか酔っぱらいとか酔っぱらいとかがホームで暴れたり寝こけたりしていて大変だった。それでもどうにか終わらせることができさあノボリ兄さんに報告をしてとっとと帰ろうって思ってたのに、ホームのベンチで女の子が寝てた。いつ現れた?さっきまで見回っていた時にはいなかったはず。まさかこの僕が見落とした?そんなはずはない、クラウドと二人であちこち目を通したけどいなかった。じゃあのんびりやってきて終電乗り過ごした?それはありえる。実際無い事例でもない。
「ねーきみ大丈夫?お酒飲んだの?」
近寄ってみると女の子は明るいブルーにビジューの着いた丈の短いキャミソールにシースルーのカーディガン、ハイウエストのジーンズというこの時間に出歩くには肌寒いに違いない格好をしていた。高いヒールのパンプスから覗く足は所所が靴ズレを起こしたのか真っ赤に変色していて、見ていて思わずしかめっ面。痛そ、ってちっちゃく言ったらもそもそと女の子が動いた。うん、とりあえず生きてて安心。
「終電行っちゃったよ。きみこの後どうするつもりだったの」
「んー・・・はれ、こころこ・・・・・」
「駅のホーム。もう入口締めちゃうから、早く出なさい」
「なんれ私の家に知らない人が・・・」
「だからここきみの家じゃない、駅のホーム」
ほら起きて。落ちているカバンを拾って女の子の腕を掴み立ち上がらせる。ゴニョゴニョと文句を言っているものの何を言っているか分からないし声も大きくなったり小さくなったりで完全に出来上がってる。とりあえず後ろに連れていこう。立ち上がってからもフラフラと、そのままではその場に倒れ込んでしまいそうでさっきまで相手していたオジサンたちよりもある意味タチ悪いかもなんて。静かなだけまだいいんだけど、このまま朝まで駅員控え室でお泊りなんてことも充分に考えられる。それはなるべく控えたい、僕たち的にも、そしてきっと彼女的にも。女性の自覚の無い状態での外泊はなるべく避けさせたいし、なによりも早く帰りたい。とはいえこの様子じゃあそれも無理なんだろうけど。アクセサリーのジャラジャラとした左腕を掴みなるべく遅足で連れ出す。左へフラフラ、右へフラフラと覚束無い足取りながらも彼女はそれでもへらへら笑いながらきちんと後ろを着いてくる。きょーくん優しいねぇ〜だなんて、誰だよ、きょーくん。そういうとこが好きになったのよぉだなんて今度は告白されてしまった。そういうのはそのきょーくんに直接伝えることをオススメするよ。
「あのねぇきょーくん、きょーくんならいつだって股開いてあげるからねぇ」
ギョッとした。勢い良く彼女を見るとけたけたと良い笑顔じゃないか。「えへへ、処女じゃなくてごめんねぇ」聞いてもいないのにそんな情報、名前よりも先に性情報の方を手に入れてしまった。僕は黙秘を貫くことにしよう。相変わらず彼女はきょーくんきょーくんと喧しい。少しは黙ってくれたらいいのに。
「おやクダリ遅かったですね。何かトラブルでも」
あったのですか、と続けられる予定だったろうにその言葉は出てくることもなく。じゃーん、大きな落し物拾ってきちゃった。おどけてそう言えばこれまた厄介なお届け物で、だってさ。ほら座って、腕を散歩リードのように引っ張ってやったらそのまま転倒する形でソファへとダイブ。ロッカーの方から「あー俺のジャケット!」なんて悲鳴が聞こえてきたような気もする。えへへきょーくん好きぃなんて嬉しそうに言う彼女にはそんなことは関係ないと見る。酔っ払いを見下ろしながらノボリ兄さんに「後はよろしく」と告げるとやっぱりかとでも言いたいんだろうか、眉間に集められた皺は短い前髪で隠れることもなく僕へ強い批難を寄せてくるけれどそんなのどうだっていい、僕は早く帰ってご飯を食べたいんだ。ちょうどノボリ兄さんは今日は夜勤なんだし、別に様子を見てるだけでいいんだから。どうせ特にすることもないんでしょ。お客さんたちの前へ出る時と違って夜勤は後ろにいるだけだから控えるメンバーは全員ラフな格好をしていて、ノボリ兄さんだってクロックスなんか履いちゃってる。ちょっと前に僕がオススメして以来すっかり気に入っちゃったみたいだ。それもそうですがって、まだ不服そうなノボリ兄さん、往生際が悪いよ。ジャケットを引っ張りだそうとしているクラウドを尻目にもう一声だ。
「だってさぁ、こんな酔っ払った状態で夜道歩かせるなんて、レディファーストを豪語するノボリ兄さんに出来る?」
予定よりも1時間ほど遅くなった深夜1時、僕の夜ご飯はとってもクリーミーなマカロニグラタンだった。





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