「クダリ」
なまえがボクを呼ぶ声が聞こえた。だけどボクはそれに応えてなんてやらないんだ、黙々とただひたすらに地面を掘り続ける。地面の乾ききった土の中に混じる小石に痞えてカンカンと鈍い音がするばかりだったが、一向に構わない。再三ボクの名前を呼ぶ声がしたけれど全部無視してやった。
花を植えようと思った。今のこの季節、次に花を綺麗に咲かすには今植えるしかないって思った。それを思い出したボクは今朝からろくなご飯も食べたりせずにただひたすらずーっと土と戦っている。麦わら帽子の下に敷いた濡らしたタオルは既に乾ききって、代わりに滲み出る汗が髪とタオルを厭にベタベタと湿らせる。花が枯れてゆく様を目にするのは辛い。正直に言ったら、ボクは嫌い。だけどそれも次にまた美しい花を咲かせるためなのだと思えば何とかなる。だからボクは今、こうして硬い土との戦闘を繰り広げている。
傍らに置いた花の種を、なまえは眺めているようだった。ボクの買ってきた花、気に入ってくれたんだろうか。この花は通年だけど花を咲かすのに何年かかかる、ボクがここで確かに生きていたという証拠作りにもってこい。ちゃんと考えて買った。なまえは種を眺めている。無言でその小さな命を凝視している。パッケージにプリントされた写真のように繊細且つ鮮やかに咲き誇ればいいんだけどなぁなんて。ざっくざっくと地面へ突き刺していく。中々上手く土を掘れない。久し振りだからだろうか、いいやそれだけじゃないはず。んー、と、軽く首を捻らすと、骨の厭な音が脳内に響きちっぽけながらも心地の悪い痛みが首筋から肩にかけてを襲う。
いい加減そろそろ疲れてきた。今日はもう止めようかとも思ったけどこんなキリの悪いところで終わらせたくない、どうせなら全部埋めてしまいたかった。もう一度なまえへ目を向ければちょうど花の種から目を上げたところで、ぱったりと目が合ってしまった。微笑んでやれば顔を染める、本当になまえは昔から何ら変わらない。作業へ戻り、ひたすら手だけを動かす。もうなまえへ目は向けなかった。あと少し、一息吐いたところで名前を呼ばれた。
「せめてスコップを使ったらどうかな?」
そう言ってなまえはボクの手からスープ用の大きなスプーンを取り上げた。