今日からマ王

「夢でも見てるのかと思った」
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながらそう言ったら両頬を軽く抓られた。え、なに、突然どうしたの。目の前でくすくすと声を出して笑うコンラートは少しの間私の両頬を抓ったままだったけれど、満足したのか抓るのを止めて今度は優しく手慣れた様子で撫で始めた。抓ったり撫でたり、私の頬はこれから一体どうなるのだろうか。「俺の行っていた地球というところでは、夢か現実かを確かめる時にはこうして頬を抓る習慣があるそうだ」それ何てへんてこな習慣なのかしら。意味分かんない、どうにも私は思ったことをきっぱりと口に出してしまう性格のようで、今回もまた例外なく真正面に言ってしまった。コンラートはそう言われることを予想していたのかもしれない、それが意外とそうでもないさと目尻を下げて笑ってみせた。寒気が走った。
「どうした?」
「コンラートが気持ち悪い」
「失礼だな」
「こんな爽やかな男知らない、コンラートじゃない」
「困ったな、俺は間違いなく俺なのに」
私の知っているコンラートはこんな爽やかに笑ったり囁いたりするような出来た男ではなかった、気性が荒くてすぐ周りに当たり散らす最低最悪な手の付けられない困った王子様だったはずだ。特にフォンウィンコット卿スザナ・ジュリアが亡くなってからはそれに更に拍車がかかって、正直関わりたくないとさえ思っていたし、実際距離を置いて滅多に会うこともしなかった。下手に顔なんてあわせでもしたら「何故ジュリアは死んだのにお前は生きているんだ」なんて八つ当たりされるに決まっていたし、実際私の数十年来の友人はそれを言われて酷く落ち込んでしまい立ち直るのに時間がかかったものだ。
それがどうだろう、目の前のこの男は本当にあのやさぐれきっていたウェラー卿本人なのだろうか、えらくさっぱりとした明るい顔をしてるのだ。光を失っていた瞳には一筋の光が宿っているし、常にニコニコと笑みを浮かべているところなんて彼の兄にあたるフォンヴォルテール卿にも見習ってほしいほど。
コンラートが地球とかいう異世界とやらへ旅立ったと聞いた時、ああもうあいつに会うことは二度とないのかと思った。名残惜しい気もしたけどそれがコンラートの選んだ道なら別にいいじゃんて思ったし、向こうには彼を差別で苦しめるものもないだろうなと漠然と確信した。ただすっかり滅入ってしまった女王陛下を見るのはとても心苦しかったけどコンラートをあそこまで追い詰めた原因が彼女に全くないとは言い切れなかったし、親離れ子離れするいい機会なんじゃないかと冷たいかもしれないけどそう思った。お調子者のヨザックが大人しくなったり、フォンヴォルテール卿の眉間の皺の数が増えたり、女王陛下が自由恋愛旅行とやらに出かけてしまって国に戻らなくなったり、家族がこんな風になったのはコンラートのせいだとフォンビーレフェルト卿が終始機嫌悪かったりする以外には特に何の影響もなかった。兵たちの訓練も国政も、コンラートがいてもいなくても別段変わったことはなかった。強いていえばフォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルの機嫌がやけに良くなって私たち使用人のお給金が上がったことぐらいだろうか。これはこれでいいのかもしれないなと思ったのが先日の話で、何が起きたのか突然コンラートが地球から帰ってきたのが今朝だった。それはもう、まるで別人になったかのような変貌を遂げて。
「ま、いいわ。ヨザックにはもう会った?」
「いやまだだな。あいつはどこにいるのか掴めない」
「あーもしかしたら任務に出てるのかもね」
「帰ってきたら伝えてもらえるか」
「はいはい、分かってますって」
ありがとう。そう言って嬉しそうに微笑んだコンラートはやっぱり私の知っているコンラートではなかったし、そんな彼の笑顔に一瞬でもときめいてしまったなんて言えるはずもない。


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