「ウォレス」
ふわふわと揺れるエメラルドグリーンの柔らかな髪の何と美しいことだろう。前を行くウォレスの名を呼べば、彼は微笑みを顔に貼り付けたまま私を振り返り、私の名前を桜色の唇を動かし紡ぐ。私の名前はこんなにも優雅で安らかなものだったのかとうっとりと目を細め、軽やかな足取りで近付いてくるウォレスの名前をもう一度呼んでやった。金色のボタンが光を写しキラキラと美しく輝く様は本人のようだと思う。
「ウォレス」
三度目の呼びかけにウォレスはくすぐったそうに眉を寄せ鼻にかかった笑い声をこぼす。その様がとても色気に落ちていて、きゅんと心臓の奥の方が興奮したのが分かる。私の呼びかけに振り返り、ただこちらへ歩いてきただけなのにどうしてこうも彼のすることなすこと全てが気品に溢れて見えるのだろう。
「仕事の帰りかい?」
「ええ、そういう貴方ものようね」
「すぐそこでテレビ撮影をしていてね。やあ奇遇だなぁ、仕事を受けて良かったよ」
「そういうことを言う」
けらりと声を立てて笑うウォレスにつられて私も肩を揺らす。
ウォレスはかつてジムリーダーという職についていたのだけれどもそれを辞め、現在はリーグチャンピオンをしつつ様々なコンテストに参加もしくは主催をしており、そのルックスからテレビ出演することも少なくない。よって私が彼の姿を見ることは多いけれどもテレビに映る機会など全くない私など彼が見ることは滅多にあることではなく、今日だって偶然がなければ会うこともなかったろう。
「どうだろう?今から少し早いディナーに誘っても?」
駄目だと断る女は果たしているのだろうか。
「ちょうどここの近くに評判のレストランがあってね。私も一度足を運んでみたかったものだよ」
「偶然の重なりって凄いわね」
「・・・そう、その通りなんだ。偶然は偶然と言われるだけあってそう滅多に起こり得ることではない、からして偶然と言われるのであってこうも偶然が重なり合うなんて偶然にも程があるんだ。偶然の偶然だね。ふふ、さて私は段々と偶然のゲシュタルト崩壊に襲われ始めたものだからここいらでこの話をやめにしてレストランへ歩き出してもいいだろうか?」
肩を揺らして笑うウォレスの隣で彼の行く方へ足を進める。足の長い彼は本来の自身の歩幅よりも大分狭めてくれているようで、私の隣でちまちまと歩みを勧めている。気が付けば車道側にいたはずの私は歩道の中の方へと誘導されているし、ウォレスの紳士的振る舞いには惚れ惚れとしてしまう。女性ファンが多いというのもなるほど納得の塊よ。
「仕事は最近どうだい?順調だろうか?」
サラサラと吹く風は優しく気持ちがいい。
「ええ、そうね。新しく入った子達も仕事をかなり覚えてくれたし滞りなく良いペースよ。特に取り上げるような目立つこともないけれど」
「相変わらず忙しい?」
「うーん、どうかしら。そんなに忙しいとは思わなくなったけれど、それが慣れなのか何なのか分からないわ」
「なるほどね。まあ特筆するような懸案事項もないようで安心したよ」
着いたレストランは静かな道にひっそりと建っていた。茶色の屋根が可愛らしい。ドアまでには小道が作られていて、入口付近にはキレイハナの置物がちょこんと置かれている。カジュアルに見えるそのレストランは、けれども高級感を忘れていない。
「こんなことならもう少し違う服でも着てくるべきだったかしら」
「きみのスーツ姿はとても魅力的だと思うけれどね」
「ふふ、ウォレスがそう言ってくれるならまあいいかしらね」
「さ、中へ入って」
店が可愛いとウェイトレスも可愛いのか。落ち着いた紺色のロングスカートにホワイトプラチナのエプロン、藍色とベージュの袖広がりのブラウスの胸元にこさえられたルビーのブローチが何とも雰囲気を出している。ランチには遅くディナーには早いからだろうか、店内には客の姿は少なくて、通されたテーブルの周りに人影は見当たらない。
メニューを見るとやはりというか値段が一つも書かれていない、ウォレスらしいなと思ったけれど店を出た後できちんと払っておこう。ううん、お肉美味しそうだけど確実にいい値段だろうし、やっぱりここは女らしくパスタにでもしようか。
「ああこれなんていいんじゃないかい?仔羊のローストか。うん、そうしよう。きみ、これで二つお願いするよ」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げるウェイトレスを視界にギョッと目を丸くする。ウォレスがこう勝手に決める時は大抵馬鹿にならない値段のものだ。とんでもない、給料日前の私にはさて払えるのだろうか。
ふふっとウォレスが眉を下げ笑う。
「どんな表情でも愛らしいと私は思うけど、外でその顔はあまり賛成できないな」
「ウォレス、私あまり高いものはちょっと・・・」
「・・・やあ、きみはまた自分で払おうだなんて思っていたのかい!」
「当然でしょう、いい歳した大人なのよ」
「その前に一人のレディだろう?相変わらずだなきみは」
さっきまで眉を下げていたかと思えば今度は目尻を下げて微笑んでいる。ああその顔は反則よウォレス、その笑みは悩殺だわ。落ちない女はいないでしょうね。
「きみが悩んでいるあいだに頼んでしまったのだけれど。ワインはボルドーの赤でよかったかな?」
「・・・・・なるほどね。最初から私に選ばせるつもりではなかった、と」
「怒らないでくれよ。私がお勧めだと言われたのは仔羊のローストだったのだし、それに合うワインはボルドー赤のソフトだ」
「ま、いいわ。ありがとうウォレス。貴方のそういうところって好きよ」
いつも余裕のウォレスの頬が染まるところなんて見るのはいつぶりだろう。
「まいったな。それは反則だ」
「あら、それはよかった」
「まったくきみには驚かされてばかりだよ」
そう言って組んだ手の上に顎を乗せ笑う。
「今日だって偶然の振りをしてきみを探しディナーにでも誘おうとしたら、きみの方から呼び止められるんだもの。驚いたったら!ああ、仕事場が被った事に関しては紛れもない偶然なのだけれど」
ウォレスの言葉に私だって驚きを隠せない。どうにも上手くできすぎていると思っていたらなるほどそういうこと。
「だってこうでもしないときみに会うなんて無理だろう?たまの偶然は使わないとね」



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