たとえば今この瞬間、隣に座り何故だか内股である私よりも何寸ばかりか大柄のこの男を無理矢理にでも押し倒しその首をひとおもいに握り潰せたらどんなに良いものだろうかと妄想を膨らますのは実に容易いことなのである。実際にそれを行動に移すわけでもなく、ただ脳内でそれをシミュレーションプレイするだけなのだからHPもMPも何も消費することはないし、そうこうしている間にも隣で内股であるこの男は昼食のサンドイッチを次々と完食していき十数個あったそれは残り僅か二個にまで数を減らしていた。
そのへんの二十四時間営業のコンビニエンスストアで購入してきた安物のサンドイッチはそんなに美味しいのか、内股のこの男は会話をするでもなくただひたすらにまさしくむしゃむしゃとサンドイッチを胃袋へ流し込んでいく。私が持つと少し手に余るサイズのサンドイッチもこの男が持てば小ぶりに見えるから驚きであるのに、それに加えて何故だか知ったことではないけれどこの相変わらず内股の男はそのサンドイッチを両手でちょこんと可愛らしく持ち、あまつさえちまちまと少しずつ口内へ咀嚼し運ぶものだからお前は一体どこの女子学生だと声を大にして走り出してしまいたい。
薄暗い駅のホームの一角にあるベンチで男女が二人昼食をとる様はなんとミスマッチなものだろう。しかもその片方はこの施設のトップに君臨するあの変わり者の兄弟と名高いサブウェイマスターである。もしここに人がいたのなら完全に注目の的だったに違いないのだろうが、あいにく今の時間ガラガラと閑古鳥も鳴きそうなほど人にいないこの施設においてそれはありえないことであった。
どこか遠くの方から安全を図るアナウンスが聞こえるような気がする。すぐ隣に併設されたほんの小さな地下鉄のホームから漏れた音だろう。かさかさと誰かに捨てられたチラシが足元を飛んでいった。
風にやられ暴走する前髪をそのままに膝の上に投げ出されていたハードカバーの外国書へと目を落とす、先刻まで読んでいた286頁34行目では主人公の少年が仲間だと信じていた少女が実は敵機関の創設者であったと知り友情と復讐心と間でゆらゆらと揺れ悩んでおり、「それでも俺はミカンが大好きだ!」「そんなバナナ!」と涙ながらのやりとりをしているところだった。涙なしには読み進めることのできない、感動のクライマックスである。
どこか他の地方のポケモンのイラストの印刷されたブックマーカーを唇の隙間にはさみ本の世界へと入り込んでいく。
つい今し方まであんなにも葛藤し悩み苦しんでいたくせに頁を捲ったらあっさりと少女を漬物石にしていた主人公の少年には驚かされっぱなしだ。流していた水分を返してほしい。
と、怒りを露にしていた私に隣からお呼びがかかる。見上げると男はその体格からも、その顔からも想像のつかないというべきか、ミスマッチにもほどがあるかのような口調で言ってのけてみせ、そうして私は本を閉じ彼に向けて微笑んでやる。
「サンドイッチ、美味しいねぇ」
「ボクいますっごく幸せ」
「ごはん美味しいホント幸せ」
「ごちそうさまでした」
お行儀よく手を合わせ頭を下げる大きな子供の口元に付着したソースをハンカチで拭ってやるとンンンと潜もった喘ぎ声を漏らし、そしてペカと満足そうに笑った。首など締めずとも今この瞬間は確かに幸せな時間なのだ。



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