「海、行こ!」
鈍い音を出したのはクダリさんの手の中に在る・・・否、正確には在ったシャープペンであった。当の本人は「あれ、折れちゃった。寿命かな」とごちったがそれは確実に誤認であると私は知っている、今のは確実にクダリさんが壊した。ミシミシと悲痛な叫びをシャープペンはあげていた。何もしてやれなかったこの私をどうか許し、安らかに眠って欲しいと思う。
私は書類の整理をすることもお茶くみをすることも嫌いではない、色々なことを知れたりまるで典型的なOLのようであったり、私がお茶をくむことによってみんなが笑ってくれることだったりがとても嬉しくて仕方なかった。女である私がここでできることなんてほんのちょっとに限られてはいるものの、それでも私の存在が必要なのだと、そう言ってくれたバトルサブウェイのみんなが大好きだったし、サブウェイマスターの二人のことが大好きだった。
その片割れのノボリさんが顔を上げたのと私がクダリさんを見やるのとはタイミングを全く同じにした。
「突飛な発言ですが・・・そこに至った経緯を聞きましょう」
「経緯、そんなのない。ボクが海に行きたい気分になった、それだけ」
「今からですか?」
「思い立ったが吉日って言葉、ある!」
砕けた部分を床へ払い落とし二つに分かれた内先端のより鋭い方を構えにやりと笑うクダリさんに後で掃除しておいて下さいと言えば冗談!と声高らかに言われたけれど誰がこんな冗談言うものか。
クダリさんの手の中の切っ先は、窓の外へと伸びていた。「ボク今すぐ海へ行きたい」その理由を問うより先に耳に痛い金切り音が室内へ響いた、クダリさんが切っ先で窓を削っている。キィキィとそれはコウモリの様に、赤子の泣き声の様に喚く。
「分かった、分かりましたからもう勘弁して下さいまし!頭が壊れそうです!」
「なまえは」
「・・・・・支度をするので少しお時間を下さい」
「うん。待つね。」
椅子に座り足をバタつかせるクダリさんは赤子の様で、よっぽど海へ行きたかったのだろうか、ふんふんと鼻歌を歌い始めた。
自然にノボリさんと目が合う。考えていることはお互い同じらしい。

「海、だっ!」
「初夏とはいえ今日は気温がそう高くありませんし、着替えがないので間違っても海へ入ろうだなどと思わないこ」
「ひゃっほーい」
「どうやら手遅れの様ですね」
「・・・・・ノボリさん」
「まあまあ、こうなったら楽しんだ者勝ちと言います」
「・・・随分と楽天的ですね」
「私も混ざってくるとします」
「えっちょノボリさん」
キャアキャアと、まるで女の様に声をあげるクダリさんと制服の裾を捲るノボリさんは私からは遠い。
すっかりずぶ濡れの二人を手頃な場所に腰掛けぼんやりと眺める。波の音に混ざって聞こえる二人の声を心地良いと思った。思えば、この三人でサブウェイ外でこうして戯れるのは初めてのことかもしれない。サブウェイ内であれだけ共に過ごしているというのに、全く不思議だ。そう考えるとクダリさんのこの突飛な行動も、そう悪いものではなかったのかもしれない。バシャバシャと、互いに海水を掛け合う二人は日頃格好いいだの何だの言われているのと同一人物とは思えずに、とても子供じみていた。
「なまえ何で一人で座ってるの、なまえもこっち来る!」
「なまえ、今日は堅いこと抜きでいいじゃないですか」
濡れた髪を犬の様にして震いながらクダリさんが、頬を伝う海水を拭いながらノボリさんが、砂の張り付くことなど気にも留めず裸足で私の下へと寄って来、剰え「ハハァンなまえきみマリッジブルーってやつ」
時が止まった。
「・・・クダリそれではなまえが結婚してしまいます、それを言うならスカイブルーなのでは」
「それだと色彩じゃないですか。何が言いたいんですかお二人は。違う、そうじゃないです」
じゃ何と唇を尖らせるクダリさんを見、ノボリさんを見、思ったことを口にする。言った後のことなど考えもせずに。
「私たちは今、青春しているのではないでしょうか」
にんまりと笑ったほとんどシンメトリーな双子に私は直後海へと放り投げられ、こんちくしょうとワカメを口にしながら罵倒した。



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