2015/08/31 23:59
赤く腫れ上がった右頬をおさえぽかんと間抜け面で立ち尽くすノボリの何とも情けないことといったらありゃあしない。大丈夫と声をかけてやったのにも関わらずどうやら今のノボリに私の声は聞こえていないらしく、虚ろな瞳は定まらずに宙をうろうろとさまよっているようだった。こぼしたため息は何度目になるだろうか。きっとその内にため息の吐きすぎが原因で喉を痛めてしまいそうだとは全く困ったものである。そろそろいい加減にしてくれないかなぁだなんて、おおいと彼の耳元で叫べばノボリはようやく意識を取り戻し私の名前を小さな声で呟きそれから歪な笑顔を寄越してみせた。背筋を何やら薄ら寒いものが駆け抜けていく。赤い右頬に予め用意しておいた濡らしたハンカチを充てがってやるとノボリは驚きにその三白眼をぐるんと丸く見開き、けれどもすぐに私の手からハンカチを奪い取り礼を言って寄越してくれた。いやそんな、気にしなくていいんだよ、困った時はお互い様って言うし、それに私に出来るのはこんな程度のことしかないんだから。心にもない言葉をつらつらと吐き出していく。果たして今の私は上手く笑えているだろうか。けれどもノボリにとって私が上手く笑えているかどうかなんてどうだっていいことなんだろう、すぐ私から目を逸らして背中を向けられてしまった。ああ、とっても残念だなあ。大きな背中はその分厚いコートのおかげで随分と着太りし太く見えた。常に顰めっ面のノボリは今も相変わらず眉間に深い谷間を作り上げ、細長い瞳を吊り上げさせているのだろう。それだというのに肩はだらりと下がってしまっているが。
さて、私の用事は済んでしまった。もうここにこれ以上居座る必要はないのだしとっとと次の目的地へ向かうこととしようじゃあないか。黒のニーハイブーツを高らかに鳴らしつつ無駄に長くできた通路を歩いていく。何度歩いてもこの通路は好きにはなれず、全く持って落ち着けたものではない。いい気味だとせせら笑っていた先程までとは打って変わって今の私の心はどんよりと沈み切ってしまい、それはどんどんと悪化していく。突き当たりを左へ曲がり、次いでさらに左、それから右へと足を進めていく。なんだってこんなにも迷路のような造りにしたのだろう。自動ドアが開きそのまま中へと入っていくと、彼は私を満面の笑みで迎え入れてくれた。
「なまえ!」
心の底から嬉しそうな、それでもって心の底から気持ちの悪い声で私の名前を呼ぶ。思わず嫌悪を示した私の顔を見てクダリは一瞬眉を寄せ小さく呻いたかと思うと次の瞬間には汚した両手で私の左足にしがみついてきた。
「ね、ね、なまえ、ほめてほめてて、ボクいっぱいいっぱいがんばったんだよ、なまえのためにノボリをいっぱいおかしてきたよ、ねえ、なまえのいうとおりにしたんだよ、ボクおりこうさんだよ、なまえのためなんだよ、ボクなまえのためならなんでもできるよ!」
アハァとよだれを垂らし笑うクダリの腹に蹴りを入れてそのまま部屋の奥へと進み適当なパイプ椅子へ腰を下ろす。ごろりと転がった全裸のクダリはひっくり返ったその体勢のままにクスクスと笑い始め嬉しそうに私の名前をしつこいぐらい連続で呼び続ける。その間にもクダリは自分の性器を弄り続けていたようで、私の名前を呼びながらも段々と喘ぎ始めやがて全身を震わせて脱力し静かになった。
「クダリはお利口さんだなぁ。クダリが頑張ってくれたおかげでノボリは彼女と別れたよ。やっと彼女は私だけのものだ。凄いなぁ、嬉しいなぁ、これも全部クダリのおかげだ!」
手放しに横たわるクダリを褒めてやる。こちらに背を向けてだらりと寝そべるクダリの肩が大きく揺れたのが簡単に分かった。分かり易いクソガキめ、クダリは本当に単純で扱いやすい。