※謙也と金太郎
四天宝寺を卒業して、数ヶ月。もう中学のテニス部は新しい新入生を迎えているのだろうか。高校でも中学の時から同じだった白石と同じ部に所属して先輩らからもそれなりに可愛がって貰っているという自覚はあると言うのに、何かが物足りない。あの騒がしくも暖かいテニス部が懐かしくて、自然と中学へ足が向かっていた。
辺りは真っ暗で誰もいないはずの其処に行って何かが変わるのだろうか。相変わらず女々しいな、自分はと心の中で毒づく。校門は閉まっていたが、裏口は相変わらず開放されている。裏口というか、彼が部活で暴れて破壊したのだけど。それが、上手い具合に戸口の様になっているのだ。そこを潜ると、懐かしい風景が広がる。
テニス部の方へ行くと、それは予想に反して誰かがいた。一人、もくもくとテニスの球を打ち返す赤い髪のレギュラー。彼の集中力は群を抜いている。それだけテニスにかける情熱が高いのだろう。壁から玉が返ってくる前に手元にあるボールを撃つ。早撃ちの練習かとも言えるそれを見る。あんな事をしていてる豹柄は金太郎だ。けれど、彼に向う視線を感じた。見れば隅っこでは二年らしい部員が彼を見ている。それは、彼を監視するかの様な、冷たい視線だった。
彼らは、集中している彼が聞こえないのを良い事に大きな声で話している。大声で叫んだわけでは無く、自分が聞こえていただけかもしれない。
「何や、遠山の奴。えらい部長に気ぃ掛けて貰って。腹立つわ」
「部長も部長や。何も言わんと遠山の自由にさせよって。規律を守らせるんも部長の仕事やろ」
少しは改善したらしいが依然とゴンタクレてるのは変わらないらしい。しかし、それを妬みのネタにし、話している彼等にも腹が立った。
「せやったらお前らさっさと練習しろや」
「…忍足先輩何でおるんや」
「たまには後輩の顔でも見に行こうかと思ってなぁ。自分ら、金太郎の態度が気に食わんのやろ。やったら、あいつに追い付いてから言ってみればええやろ」
「なんで、あんたに言われなあかんのですか!」
「何も練習もせんと愚痴ばっか言っとるからやろ」
「こんの」
「あっ、謙也やないかっ!」
相手の声と彼の、金太郎の声が重なった。どうやら、部のボール全てを使い切ってしまったらしく、手には沢山のボールが抱えられている。
「おお、金太郎、どうや。」
「おん、ボチボチやで。この前、越前と試合したんやで!」
ぐふふーと嬉しそうに話す彼は楽しそうだ。頭を撫でてやれば頬を赤らめて見上げて来るものだから、変にドキマギしてしまう。
「知っとるわ。初勝利やったっちゅー話やろ」
何しろ、高校も話題に登る程だ。白石は嬉しそうにその雑誌記事を読み返していたものだ。
「おん!やっと謙也にも報告出来たわ〜」
三年の皆にはわい、直接言いたかったんや。謙也が一番やで!流石やな、と笑う彼の顔が無償にドキドキと心拍数を上げて、衝動的に彼の小さな身体を抱きしめていた。
「わ、謙也?」
「俺は、浪速のスピードスターや!せやのに、気付くのごっつ遅れてしもうた。」
そうなん?なんて聞いて来る金太郎は気づいていない。純真無垢な金太郎のこと、分からないだろう。
「金太郎のこと、好きやったんや。ずっと。」
「謙也は、光とやないんか?」
なんでやねん、と言えば少し泣きそうな金太郎がやって仲良さそうやったから、せやから、わい、と次第に涙声になる彼に耳元で「せやけど恋愛としての好きだけは金太郎だけやで」と囁けば嬉しそうにおおきに!と笑う金太郎がいて、更にきつく抱きしめた。
恋人できた!
END
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